若者と老人

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若者と老人

 無い。胃の辺りから、冷たい血液がキュウンと急速に登り詰める。まだ着なれないリクルートスーツの内は、再び湿度を持った。会場の冷房のお陰でやっと快適になったと思ったのに、これまた使い慣れない堅い鞄をかき混ぜる掌に、じりじり、じとじと。薄く拡がる汗と共にビニール特有のにおいが立ち上る。安物にしたせいか、それとも元来こういう物なのか、ファスナーを全開にしても口は狭く、手首をギリギリと締め付けてきた。真っ赤になったところで、現実をついに受け入れる。 「…無い」  真上から突き刺してくるだめ押しの日射し。暑い。とても五月とは思えない。今からこんな気温で、夏はどうするつもりだろう。でも今は今の心配をしなければならない。  身嗜みが崩れると良くないので、本当は地下鉄にでも乗ってくるべきだったのだが、その片道250円の運賃が学生にとっては大きな痛手だった。それなら、三時間まで100円で停められるこの駐輪場を利用したほうがはるかに経済的。今日の会社説明会は一時間ほどで終わったことだし、交通費が五分の一で済むなら大助かりだ。  しかし今、その100円すら捻出できない事態に陥っている。そう、財布を忘れて、ちっとも愉快じゃない私。
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