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この後の、照れ笑いとも取れる喜びの顔を二つ、巧くとらえた一枚は、カメラが趣味だという同じ病室の斉木さんによるものだ。私のことを初瀬さんの孫だと勘違いして、気を利かせてシャッターを押してくれたらしい。
この写真は、今でも部屋の一番良く見える場所に飾ってある。その隣には、結婚式の写真と、息子の産まれた時の写真、家族で初めてお花見した時の写真。この子が物心つくようになれば、初瀬さんを三人目のお祖父ちゃんだと思うかもしれない。
「母さんー!広樹頼むねー!」
私は三年勤めた都心の会社を辞めた後、実家近くの会社に再就職した。元々地元に帰りたい気持ちはあった。それでもあの頃、私の中の頑ななイメージが、それを良しとしなかった。周りと同じように、都会でもまれて高給を取ることこそが一番だと言い聞かせていた。
自分に素直になった結果、選びとった再出発は、
「なに、今日からなの?」
「言わなかった?産休終わるって」
「聞いてな…あらら、泣いてる」
「ごはんとミルクは終わってる!まだ寝足りないのかも!じゃ、行ってきまーす!」
カラリと清々しい初夏のいなか道。私にとっての好きな花は、家族だったのだ。
「おはようございます!」
「おはようございます」
踏みしめたペダルが軽快に止まる。ピタリと重なる夫妻の挨拶。雫を飾る彩の溌剌、揺れて輝き、きらめく。
「お仕事、今日からですかな?」
「はい!また頑張ります」
「お休みになったら、広樹くんも連れておいでなさい」
「そうね、この前よりもたくさん咲きましたから、今度はご主人も」
「はい、お邪魔します!それじゃ、行ってきます」
「いってらっしゃい!」
初瀬さんと出会わなければ、私は今、どうしていただろう。あの会社で淡々とこなすだけの毎日を、まだ過ごしていただろうか。いや、そもそも就職できたかも怪しい。
そして最後まで、塀からのぞく掌。今日からまた、忙しくなる。
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