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100分間の冒険
今日は、少しだけ仕事を早く上がって遠出をした。雨催いの空ではあったけれど、そんな重苦しい灰色も、どこか心地よく感じられた。もしかしたら、最近の社内異動で仲のよかった人たちと離れた寂しさから、まだ立ち直りきってはいないのかも知れない。
なんとなくこじつけた用事で早退けをするときに感じたちょっとした気まずさは、新しい部署の人たちとも少しずつ仲良くなれている証なんだということにして、わたしは普段乗らない電車に揺られることにした。異動して数週間経って、少しは新しい仕事にも慣れたつもりだったけど、やっぱり疲れる度合いは前と段違いだったみたい。たまたま空いていた席に座った途端に眠気に襲われて、暇潰しに、と開いていたアプリゲームもそのままに寝入ってしまっていた。
気がついたとき、周りはすっかり知らない景色になっていて、わたしはほぼ駅名なんて確認しないまま下車することになった。
あんまり離れすぎると帰るのも大変になる……なんていうちっぽけな計算も働くようになってしまった自分が少し悲しくなりながら、わたしは辺りを見回してみた。
どうやらかなり寂れた駅らしく、駅舎には切符を入れるケースが設置されているだけで、あとは無人。わたしと同じタイミングで降りた乗客も、ICカードの処理に少し困った様子だったけど、もう開き直って駅の外に出てしまった。わたしも一瞬躊躇いはしたけど、やはり彼に続くことにした。
そうやって降りた駅周辺は、まるっきり知らない町並みだった。どこまでも広くて、人為的な気配をあまり感じない佇まい。ストレートに言うなら、田舎。自分の住んでいる比較的栄えている地域とここが電車1本で繋がっているとはにわかに信じられないくらいだった。
少し、何か新しい出会いとかがあるのではないかと期待した。子どもの頃読んだファンタジー小説では、こういういつもと違う場所で何か特別な出会いをしていたし……! もしかしたら、今の状況を、何もかも捨て去れるかも知れない……っ!!
そう思った気持ちに反して、わたしは2時間もしないうちに帰りの電車に乗ってしまっていた。確かに、山間の道路をひたすら歩いたり、森のなかに突然現れた発電施設とか、胸のときめくものはたくさんあった。
けれど、結局わたしには、今のわたしがある。
今のわたしは、家でのんびり過ごすのが好きだ。ペットの顎を指でこしょこしょしながらアプリゲームに興じているのが性に合っている。我ながらつまらない大人になってしまったとも思ったけれど、それもなんだか悪くない――帰ったときにわたしを迎えるペットの顔を想像したら、少しだけ頬が緩んだ。
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