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私と樫原涼が関わるなんて、あの夜かぎりだと思っていた。けれど翌日も翌々日も、さらに翌週まで学内でばったり会った。
互いに戸惑い、無視する理由もないので、わずかな言葉を交わす。天気の話とか、たわいないものだったけれど。
彼はすっかり元通りになり、どこにいても自然と人を引き寄せる。だから足を止めれば、しばしば誰かに声をかけられた。
親しいわけではない私たちは、中途半端な会話だけして、ぎくしゃくと別れた。
そんなささいな出来事が続き、偶然にしては頻度が多すぎるとさすがに感じた。でも仲良くなったとは言えない。いつも顔見知りの挨拶に終始した。
「お前、料理が上手いよな」
それが、初めの魔法の言葉。
私がお弁当を広げたときに通りかかった彼は、おかずのひとつをつまんで評した。私は素直に聞き入れた。そこは自信のある部分だったから。
「小瀬って優しいよな」
ふたつめの魔法。
私は表向き、かすかに笑った。『優しい』とはどういうものだろう? 私は自分をそんな人間だと思ったことはない。
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