1話

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 周囲の人間を操りながらも、彼自身は淡々としている。自らの影響力を気に留めていない。  友人らの輪にいると、かすかに笑みを浮かべることもあるが、たいてい無表情に物事を眺めていた。 * * *  コンパというものに、私が参加させられたとき、彼はいちばん遠い席に座っていた。  物静かな魔法使いが、この日はほんのわずか、不機嫌そうに見えた。  私はといえば、幹事が人数合わせに四苦八苦して、たまたまそこにいたために声を掛けられた。断る間も与えられず、この場の一員になっていた。  揃ったメンバーは、男女ともにレベルが高い。  私は、自分が傍観者であることをわきまえていた。ここまで差があると、妬む気持ちさえ生まれない。  二次会がクラブだというので、私は幹事の人に断って居酒屋を後にした。  空しいことをしたと気持ちが沈んだけれど、未知の世界を覗いたのはたしかだ。貴重な体験だった、と考えなおす。  近くにある上質なパン屋さんに入った。  こういう日はささやかな贅沢をしたっていい。好みのパンを選んで買い求めると、やりきれない感情も凪いだ。
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