1話

5/9
前へ
/31ページ
次へ
 私は近くのコンビニの洗面所でハンカチを濡らして、その場に戻った。  差し出すと、まるで魔力を失ったような魔法使いは、ハンカチをただじっと見つめた。  やがて受け取り、目元のあたりを押さえる。先ほどよりは落ち着いた様子だ。  彼は、弱った姿をさらしたことを警戒しているみたいだった。  なんだか可笑しい。私がこの人を脅かす存在になるはずがないのに。滑稽というより、可哀想だった。 「放っておいてほしい?」  魔法使いが驚いた顔をし、わずかにうなずいた。 「分かった」  私は踵を返して、人の行き交う通りに出た。  すぐに追いかけてくる足音がした。振り返ると、彼が戸惑った表情で立っている。  ハンカチを示す。 「これ……」 「必要なくなったら捨てて」 「そういうわけには」  言いかけて、彼は一瞬フラッとした。かろうじて足を踏みしめる。ふたたびハンカチを目元にあて、深い息をついた。  私は近付かないまま苦笑した。 「急に動くから」  彼は力なく視線をよそに向けた。 「……情けね」 「駅のほうに公園があるから、ベンチで横になったら? 休めば楽になるよ」 「……ああ」
/31ページ

最初のコメントを投稿しよう!

152人が本棚に入れています
本棚に追加