茹だる夏、扇風機と俺と

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 蝉時雨の合間にウゥンと低いモーターの音がする。強に設定してある扇風機が斜め上を向いて左右に首を振り、部屋の暑い空気を撹拌していた。  放射状に骨が張られたガード、その中心の円が目玉に見える。首傾げた扇風機がその目で秀介を見据え、凝っと眺めたあとおもむろに視線を逸らした。  その動作にさえ侘びしさを覚えて秀介はがっしと扇風機の首にしがみつく。頼む、 「俺だけを見ててくれ」  つまみを引いて首の動きを止めつつ縋るような言葉を吐く。口を突いて出たその台詞にハッと我に返ると、頭にみるみる血が昇った。  何を、それも何に対して口走ってるんだ、俺は。  プラスチック製の扇風機が秀介を見詰め、茶がかった黒髪をなびかせる。タンクトップに吸収された汗が気化して体温を奪っていくのが気持ちいい。  ようやっと頭が冷えてくる。脱水で頭がいかれてきているんだ。愈々ちゃんと水分を摂らなければ。立ち上がって水道に向かい、食器かごからマグカップを取り出すとその中にザバザバ水を受けた。ついでに、まだ熱を持っている体を少しでも冷やそうとマグの取っ手を握る手にも水を受ける。温い水道管を通る水は大して冷たくなかったが、それでも多少さっぱりとして、飲んだあとぐっしょりと両肘から上まで水で濡らした。  汗臭いタオルで腕の水滴を拭いながら狭い部屋に戻ると、扇風機が机上のバイト情報誌を風で捲っている。紙が擦れてパラパラと音を立てていた。  暑い空気は上に向かう。だから、秀介は扇風機をいつも斜め上に向けて掛けていた。普段よりやや俯き加減に稼働する扇風機の首を鷲掴み、上を向かせようとして一度手を止める。この扇風機をあまり荒く扱いたくないと、なぜかそう思った。  一度手を放して扇風機の首、その下部に掌で触れると、手首のスナップを効かせて優しく上を向けさせる。キスをする直前の動作を連想して、まだまともじゃないんだなと秀介は自分のことながら呆れ返った。  ぶわり、髪をたなびかせる風が湿った体を冷やしていく。
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