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孫と一緒に昼寝をしているとき、洗濯物の匂いと畳の匂いがした。まだ乳臭い孫の匂いと混ざって、若い頃の母を思い出して、少しだけ涙が出た。
65段目からの記憶は曖昧だ。
男性もどうやら認知症にかかってしまったようで、目の前にいきなり死んだはずの母を見たり、知らない女性が自分の体を洗っていたりと驚くような出来事が多かった。
私は逃げるように階段を駆け上がった。
ろくに動けもしない男性が矢継ぎ早に現れては消えていく。
その度に悲しそうな「誰か」の顔が浮かぶのだ。
男性は、口の端から食べ物をこぼしながら
なにやら怒っていた。不甲斐なさや、申し訳なさが津波のように押し寄せ、それが引く頃には男性の人格を奪っていった。
だが、その中でも強い想いだけはあった。
息を切らして駆け抜けた先の99段目で、男性はベッドで横になっていた。
神妙な顔をして私を覗き込む人々は誰だろうか。
知らない人々に見送られていくのか。妻はどこだろう、娘は、孫は…。
そのとき、しわくちゃな女性の顔がさらにしわくちゃになって言った。
「出会ってくれてありがとう。」
その横にいる、中年の女性も言う。
「産んでくれてありがとう、育ててくれてありがとう。」
自分とよく似た青年が言う。
「大事にしてくれてありがとう。」
皆が、涙を浮かべている。ここまで登ってきた階段には温もりと感謝が詰まっていた。
困難もあったが幸せだった。
私は母のように、子供たちに温もりを与えることができただろうか。
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