最終奥義

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 遠い昔語りに聞いたような気がするが、他人事のようでまるで実感がない。自分はどこに住んでなにをしていたのか。誰なのか。まったく、わからない。  男は頭を抱えて低く呻いた。かたわらに座る老人をすがるように見つめるが、しきりにあごひげに手をやるばかりで、慰めの言葉一つ与えられない。 「どうして、ぼくはなにも覚えていないのでしょうか」 「さてな」  老師は手にしていた杖を頼りに、ゆっくりと立ち上がった。 「なんとかなったようじゃが、久しぶりに力を使うたら随分と消耗してもうた。儂も歳を取ったものじゃ。十年前とは違うのう」 「あ、あの?」 「いやいや、なんでもない。年寄りの独り言じゃて」  最終奥義は、加減が難しい。  人一人の記憶を消し去るほどの威力を持つ。しかし、どの程度の記憶と関わるかは、術者のさじ加減一つで変わってしまう。最悪、手練の用心棒の命まで奪ってしまう。 「ゆくところがないならば、とりあえず、儂と一緒に来るかね」 「あの、どちらへ」  十年住んでいた洞窟へ戻れば、消えたばかりの記憶が刺激されてしまうだろう。十年前のことも思い出してしまうかもしれない。  老師は大きく息を吐いて、男を振り返った。 「さてな。儂もまだ旅の途中なのじゃ」
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