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最終奥義
朝から強い風が吹きつけていた。
人里から遠く離れた岩山の中腹、切り立った断崖にある洞窟が、男と老師の住み家だった。
「早いものじゃ。おぬしが儂のもとを訪ねてきた時は、まだほんの子どもだと思うておったのに」
背丈と変わらない大きな杖を手にした老師は、うしろに立つ男を振り返り、しみじみとつぶやいた。
「あれから、もう十年が経ちました。ぼくはもう、非力な子どもじゃない」
「おう。立派な行者らしい面構えになったのう。おぬしはこの十年で、白王流拳法の九十九番までを修めることができた。残るは百番目の最終奥義だけ。これを伝えてしまえば、儂からはもう教えることはない」
「はい。ぼくは、この日をずっと待ち望んでいました」
十年前、凄腕の用心棒として領主から雇われていた父を殺された。当時まだ少年だった男も何者かに強打され、事件直前の記憶を失っていた。
下手人の顔は見たはずだった。なのに、なにも覚えていない。
いつか、父の仇を取ってやりたい。なにより、自分自身と大切な人を守れるだけの強さを手に入れたい。
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