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「私やり直したいんです。至らない所は直します。どうかもう一度、お願いします」綾香は深々と頭を下げた。土下座も厭わない位の気持ちだった。
「一体何の話をしてるの? さっぱり分からないけど」安藤の声は相変わらず冷ややかだった。
「私、安藤さんに嫌われるような事をしたと思います。改めます。やり直させて下さい」ここまで来たからには綾香は必死だった。こんな所まで来て何も変わらなかったらもう会社にはいられない。
「改めるって何を改めるの?」
「例えば独りよがりに突っ走ってしまう所とか」
「…………」
「それと未熟な癖に独り立ちしたと勘違いしてる所とか」
「…………」
「あとデリカシーや配慮に欠ける所」
「あら、意外と分かっているのね」安藤は冷たく笑った。
「でもね、そういう事じゃないの」
「え?」
「人を嫌いになるのに理由なんてあるかしら」
「顧客情報管理のシステムの事は謝ります!」
「えっそんな事思ってたの? 馬鹿にするのね。…人を好きになるのに理由がないように嫌いになるのにも理由なんてないのよ。何となく嫌いなの。昔の人はうまく言ったわよね。虫が好かないって事よ。理由はないけど何となく貴方の事──無理って感じ」安藤はそういうと水を一口飲んだ。美しい白い喉元がゴクリと上下した。
その瞬間、綾香の中にピンと張っていた糸がプチンと音を立てて切れた。
「理由がないって、こんなに私苦しんだのに。一年も悩んだのに理由がないって……何となくなんて」綾香は立ち上がった。
「止めて! 私があなたに何をしたっていうの」綾香はいつの間にかテーブルを跨いで安藤の首に手をかけていた。
どこからこんな力が出るんだろう。綾香は自分の力に驚きながら安藤の首を絞め続けた。『このまま締め続けたら死んじゃう。私こんなつもりじゃない。こんな事するつもりじゃなかった』『でも手を離せば会社にはいられない。もう遅いよ、手を離しても会社にはいられない』──どのくらい締めていたのだろう。首から離した手はプルプルと震えていた。
まるで童話の眠り姫の様な綺麗な安藤の死に顔を見下ろして、綾香は乱れた息を整えながら呟いた。
「だって安藤さんが悪い。もう一回安藤さんと頑張りたいと思ったのに……なんとなく嫌いなんて、ひどい」
『あんなに家族が喜んでくれたのに、アンタのせいで会社辞めなきゃいけなくなったじゃない。お祖父ちゃん、お祖母ちゃんになんて言ったらいいの?』
綾香の興奮はいつまでも冷めやらなかった。
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