プロローグ――必ず勝てるギャンブル

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 眼鏡の曇りを拭き終わったところで店主が尋ねてくる。 「いつものでいいかい?」  もうすっかり常連だから、向こうもこちらの注文はわかっている。私は軽く頭を下げて言った。 「お願いします」  すると、カウンターの右端側から声をかけられる。 「おっ、井手川じゃないか」  端っこの席に座っている四十過ぎくらいの男性が嬉しそうな顔でこちらに軽く手を振った。やや恰幅がよく、白髪混じりの頭に丸眼鏡をかけたその人のことを私はよく知っている。私はその人の隣の席に座りながら、挨拶をした。 「こんばんわ先生、今日もいらしてたんですね」 「だから先生はやめてくれって。今はしがない電器屋のオヤジなんだから」 「いいじゃないですか。私にとっては先生はいつまでも先生ですよ」  彼の名は甲斐崎稔(かいざきみのる)、私が中学二年生だったときの担任の先生だ。私は親の仕事の都合で、中二になってからこちらに転校してきた。周りに知っている人もおらず当時は不安で一杯だったのだが、その時親身に接してくれて、相談などにも乗ってくれたのが甲斐崎先生だった。そんないわゆる恩師のような存在である先生と、少し前に偶然にもこの店で、中学時代以来に再会したのだった。先生は数年前に教職を離れて家業を継ぎ、小さな電器屋を経営しているそうだ。
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