プロローグ――必ず勝てるギャンブル

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プロローグ――必ず勝てるギャンブル

 私、井手川杏(いでかわあんず)は、この夕桜市(ゆざくらし)にある大学へ通う大学二年生だ。  学生として勉学に励んでいるのはもちろん、バイトにも勤しんでいる。秋頃から始めた居酒屋のバイトは、数ヶ月経ってようやく仕事も安定してこなせるようになってきた。最初はビールの注ぎ方一つで手こずっていたのも今となっては懐かしい。  深夜の十一時半、バイトを終えた私は勤め先からほど近いところにある店へと向かう。入り組んだ路地にひっそりと建つ、深夜営業の小さな食堂だ。私はバイト後にそこへ寄って、お茶漬けを一杯食べてから帰るのが習慣になっていた。いつだったか、それを友達に話したらオヤジくさい習慣だと笑われたことがある。ふんだ、余計なお世話だ。 「いらっしゃい」  店に入ると、和服を着たダンディなおじ様店主が迎えてくれる。店主も含めて、この店はしっとり落ち着いた雰囲気で好きだ。客の数は私の他に三人、それぞれがカウンターにばらけて座っていた。  店の中は暖かくて、外との気温差で眼鏡が曇る。私は指紋を付けないよう気をつけながら指の背でレンズを拭いた。この茶色いフレームの眼鏡も、今ではすっかり顔の一部になったような感覚だ。高校までは視力に問題はなかったのだが、大学に進学した頃からめっきり目が悪くなってしまった。コンタクトを入れるのはなんだか怖いので、眼鏡は手放せない。
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