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満開の薄紅色は春の象徴だ。
四月、はらはらと舞う桜の木の下で、僕が見つけたものは、死体だった。
死体――――――。
コンクリートの地面にうつ伏せに倒れた人間の頭部から、赤い液体が溢れて広がる。
ぴくりとも動かない。
死んでいる。
だから僕はそう思ってしまった。
僕が通う蘇芳学園の高等部の紺色のブレザーに、灰色のスラックスを身にまとう、茶髪の少年の上に、花びらが降り積もる。その様は場違いなまでにきれいで、まるで死んだ少年を祝福するかのように見えた。
「美しいな」
背後で声がする。低くもなく高くもない、アルトな声。
振り返った僕は再び目を見張る。
そこには等身大のビスクドールが立っていた。
ビスクドールは、19世紀にヨーロッパで流行ったとされる陶器でできた精密な人形だ。
見事なまでに金色の絹のような髪、滑らかな白い肌。
細い鼻梁に、赤く熟れた果実のような唇。
白いリボンタイのついたシャツに、サスペンダー付きのツイードの半ズボン。
黒のハイソックスに、よく磨かれた焦げ茶のローファー。全ての作りが完璧に整えられた姿だった。
はらはらと舞う桜の花びらががまるで演出のように人形を彩る光景に、僕は息をするのも忘れて魅入った。
「美しいと思わないか」
僕より少し背の低い人形が翡翠色の瞳を向けたのは僕の後ろだ。
「桜の木の下の死体。深紅の水たまりに浮かぶ花びら。まるで文学作品の一説みたいだ」
人形はほんのわずかに唇の端を持ち上げた。一瞬浮かべたのは恍惚とした表情だった。
そのガラス玉みたいにきれいな瞳が僕に戻される。
「これをやったのはお前か」
「……え?」
「この状況を作り出したのはお前かと聞いている」
「この状況って……」
「この殺人事件の現場を作り出した犯人はお前なんだろ」
僕は再び息を呑む。
「ち、違う」
とっさに否定する。
「違う。僕じゃない。僕は彼を殺してなんかいない」
「証拠は?」
「しょ、証拠? えっ……、急にそんなこと、言われても」
「犯人は現場に戻るもの。第一発見者はたいがいが犯人なもの。鉄則だろ」
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