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人形は淡々とした口調で言うと、僕に歩み寄ってきた。なめらかに、滑るように、まるで猫みたいに軽やかな足取りで。僕の懐に飛び込むとほっそりとした指を伸ばす。その指が僕の黒くて長い前髪に触れる。目元を隠すようにして伸ばしていた僕の前髪をつかむと、人形は勢い任せに引き上げた。
「痛っ」
次にカシャシャシャシャシャと機械音がする。
人形が右手にしていたのはスマホだった。
カメラの連射機能で僕の顔を撮った人形は、すぐに僕から距離を取った。
「救急隊と警察が間もなく到着する。お前はもう逃げられない」
なにをされたのか、なにが起こったのか、理解が追いつくまでに時間がかかった。
それでも僕は脳をフル回転させてこの現実に追いつく。
「ちょ、ちょっと待ってよ。なに言って、勝手なことしてるんだ」
「犯人を逃がすわけにいかないからな」
「だから僕は犯人なんかじゃないって」
「それじゃあどうしてここにいる」
「それは……」
「ほら、どうした。なぜ言葉を濁す。言えない理由があるからだろう。それはお前が彼を、この北校舎の屋上から突き落とした犯人に他ならないからだ。あらかた、突き落としてはみたものの、本当に死んだかどうか分からずに、確かめに来たんだ」
「僕はそんなことしてない。ふつうに、帰ろうと思って、下駄箱からここに来ただけだ」
「わざわざ? 君は高等部の生徒だろ。高等部の下駄箱はこことは正反対にあるし、こんなところを通って帰る生徒なんていない」
「それは……」
「ほぅらね。やはり言いよどむ」
なんなんだこいつ……。
きれいなばかりの人形かと思いきや、口が達者すぎる。浮かべている表情が小憎たらしくて僕は歯噛みした。
「それを言うなら、僕より君の方が怪しいだろ。僕が来るより先に彼を見つけて救急隊だの警察だのを呼んだって言うなら、君が第一発見者ということになる。君の理論で行けば、君こそが犯人じゃないか。それに、屋上から落ちたってどうして言い切れるの? もしかしたら、屋上なんかじゃなくて、窓から誤って転落したのかもしれない。事故かもしれないのに殺人事件だと決めつけるのは、君が彼を殺した犯人だからじゃないのか。この現場を見て美しいなんて言える君はおかしい。それに、なにより君はこの学園の生徒じゃないだろ。誰がどう見たって、君が一番怪しいよ!」
人形は一瞬だけ目をぱちくりとさせた。
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