29人が本棚に入れています
本棚に追加
陸上部へ入った理由
陸上部に入ろうと思った理由は簡単なことだった。
「高校から始めても間に合いそうだから」
それだけの理由だ。
サッカーや野球を高校から始めたって中学までに経験してきた奴らに勝つのは至難の業だろう。だけど、陸上部だったら、足が速ければなんとかなるだろう、名門校でもないこの高校なら、ある程度まで行けるだろう、そんなことを思いながら陸上部を見に行った。
サッカーが二面分取れそうな広いグラウンドの隅っこで陸上部は練習していた。男女合わせて十人以上はいるようだった。この時まで僕は陸上部が男女一緒にやる部活と考えていなかった。
僕が見た陸上部の風景は、楽しく和やかなものに見えた。厳しい上下関係はなさそうだった。
他に見学者はいないのかなと見渡すと左の木のあたりに、同じのクラスの知念がいた。知念は中学は一緒ではないが、席が隣であることもあって、入学式後に最初に話した友人だ。
僕が彼へ歩み寄ると、知念も気づいたらしく、人懐っこい笑顔で
「よぉ、真山」
と右手を上げた。
「知念は陸上部に入るの? 中学も陸上部だって言ってたよね」
入学後の自己紹介で知念が言っていた話を僕は思い出した。
「ああ。オレ、中学も陸上部だったしね」
「あ、やっぱり。なんかここの部活楽しそうだよね」
「ん……真山も入るのか?」
知念が僕に尋ねた。僕は中学の時にバレーボール部だったことを話していたので陸上部に入るとは思っていなかったのかもしれない。が、この高校にはバレーボール部はないのだ。
その辺を話そうとしている時だった。
「真山?」
という女子の声が背後から聞こえた。
僕が声の方向に振り返ると、そこには北見玲奈がいた。
セミロングの髪が風に揺れていた。もう小学校の頃から見慣れた存在だが、何度見てもやっぱりかわいい。
「あ、北見」
僕はわざと素っ気なく返す。「知り合い?」という知念の声が後ろから聞こえた。
「真山も見学してるの? あれ? 陸上部に入るの?」
「えーと……、うん。そのつもり」
この時点では入部することを決めていたわけではなかった。しかし、僕は思わずそう言ってしまった。
そう言うと北見は、これ以上にないぐらいのステキな笑顔を見せてくれた。
「本当に? 知らない人ばっかりだったら入りにくいなぁって思ってたんだけど、知ってる人がいるなんて嬉しいな」
北見の笑顔に釣られて僕も笑った。
ただ、その後の北見の言葉が気になった。
「真山は、悩まされることもあるだろうけど頑張ってね」
この時、僕はこの言葉をあまり気にしなかった。「未経験者だと最初は大変だよ」という意味ぐらいかなと思っていた。
しかし、想像していた以上に僕は悩まされることをこの時の僕は知らなかった。
最初のコメントを投稿しよう!