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石段に目を落とす。
ここからでは、上の様子は分からないが、何があるのかは知っている。
「1、2、3……」
一歩一歩、確かめながら登っていく。
内定をもらって自堕落に過ごしている僕には、凸凹の踏面は少々堪えるだろうと気を引き締めた――
小さい頃、遠い親戚にあたる人が亡くなってこの田舎に来たことがあった。
式が終わって親の目から離れた僕は、敷地から出てフラフラと探検ごっこを開始した。
(着物……)
誘われるように坂道を上って行くと、一の鳥居を潜ったところに両膝を抱えるようにして年の近い女の子がいた。薄浅葱の小袖に藤納戸の帯が愛らしさを引き立てている。
その子は僕に気付くと、指差して言った。
一緒にのぼろ
――
「いち! にぃ!さん!」
伸ばされた黒髪の薫りが、幼心を艶やかにしてくれる。
「このへん住んでるの?」
うん!
「いくつ?」
忘れちゃった!
「なまえは?」
忘れちゃった!
「へんなのぉ!」
そうだねぇ!
僕が話すと彼女が数を数えて、彼女が話すと引き継ぐようにして数える。そんな他愛もないやり取りと石段登りに、僕は夢中になっていた。
「32、33、34……」
あれから、どうしているんだろう。
偶然を期待して、ここを訪れるようになっていた。
「56、57、58……」
――
最後の一歩を同時に出す。
「きゅうじゅうきゅ!」
ひゃあくっ!
顔を見合わせる。
束の間、その子は伝え聞かすように、大人びた様子で穏やかに言った。
この石段はね、100回目に登る時に100になる石段なんだよ。それでね、願い事が一つだけ叶うの
「数が変わるなんて、おかしいよ!?」
でも、ホントだよ
「お願い、なにしたの?」
忘れちゃった!
「へんなのぉ!」
そうだねぇ!
そうして、声を出して笑い合った。僕は、日が暮れるまで、その子と神社で遊んでいた。
(このままなんとなく社会に出て、なんとなく月日が流れて……)
そんな考えが過った頃、また、来ていた。
「72、73、74……」
99の石段。
名前も知らない彼女。
それでも、忘れることの出来ない大切な想い出。
「81、82、83……」
以前、誰かが言っていた。恋に落ちるとは、言葉通りに堕ちて行ってしまうことなんだと。正常な判断を失わせて、愛という名の檻を心地いいものだと感じてしまうことなんだと。
「93、94、95……」
その話を聞いた僕は、違うと思った。なぜなら、ここで段差を踏み締めて足を持ち上げる度に、現状よりも上を目指そうとする自分がいるから。前回よりも、成長した自分を感じ取れているから。
「98、99……」
確かめるように、そっと置く。
「100」
目線を上げて映したのは、面影を残した彼女だった。
(いて、くれた……)
100回目だったのかと、気恥ずかしさを綯い交ぜに笑みが零れだす。
彼女は、そんな僕に伝え聞かすように、穏やかに言ってくれた。
「ありがとう」
黒髪の香りに、自然と言葉を紡ぐ。
「僕の願いは――」
〈 99回のその先に ~了~ 〉
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