タスケとキク

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 まだ肌寒い春の頃、タスケとキクがヨネに連れられて佐吉の屋敷に着いたときは、その大きさに目を見張った。タスケ達の村の庄屋よりも立派な門構えだった。  二人は裏の木戸から入ったが、障子を開け放してあった屋敷は檜を使った太い柱が何本も見え、屋根瓦も美しい造りだった。  庭も広く、大きな松の木がきれいに剪定され横に長く伸びていた。他にも椿や梅、桃、桜、紅葉、銀杏の木など何種類もの木が植えてあった。季節が変わる毎に花や葉の色づきを楽しめるのだと、あとから兄妹は気がついた。二人が来たときには紅白の椿の花々が美しく咲き誇っていた。また池もあり、そこには色とりどりの鯉が泳いでいた。  夢でも見たことがない光景だと、タスケとキクは口をあんぐり開けて周囲を見渡した。  庭から外れた奥には蔵らしき建物や納屋、馬屋なども見えた。納屋は、住み込みで働く職人や使用人達が住めるようになっていた。タスケはそこで寝起きするようになると言われた。  ヨネに案内されて二人は屋敷の厨房に連れていかれ、そこで女中頭に挨拶した。そのあとで店を任されている番頭などの使用人、作業場で菓子を作っている職人達にも挨拶した。  タスケもキクも見ること聞くこと全てが初めてで、ただぼうっとして言われるままに動き、お決まりの挨拶をしていた。 屋敷の中にある女中部屋で、タスケとキクはそれまで着ていた古ぼけて汚れた着物を脱いだ。親切なヨネは、近所の子どものお古をもらっておいてくれた。兄妹はそれを着て、こざっぱりした姿で佐吉のいる座敷に行った。  広い座敷の畳の上でかしこまっている二人の子どもに、佐吉は優しい顔を見せた。  だが佐吉の横でふかふかの赤い座布団に座っていた沙織は、美しい色柄の着物に負けないくらい高慢な顔をし、見下した薄笑いを浮かべていた。  純朴なタスケは、 『なんときれいなお嬢様だ!』と見とれていたが、聡いキクは沙織の顔を見てぞっとした。 『大旦那様のことは好きになれそうだけど、沙織お嬢様は…』キクは内心大きな溜息をついた。  キクは沙織の身の回りの世話を命じられたからである。 「ほんとに二人ともよく来たね。田舎の家族のためにもしっかり働いておくれ。わからないことがあれば、女中や他の使用人達に聞くのだよ」 「はい」タスケとキクは元気よく返事をして佐吉と沙織に平伏した。
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