夢の中

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 修は再び振り返って家を見た。 『あの家に行ってみるしかないか…。知らない所で無闇に歩き回るより、住人に相談したほうがいいだろう』  ぼんやりそんなことを考えていたとき、修のすぐ後ろを何かが通った。  それは音もなくすっと通り過ぎたが、修はぎくりとして、振り返りざま後ろに飛びすさった。  すれ違う瞬間に、刃物を振ったような凍りつくような一陣の風を感じたのだ。  すれ違った何かは人の姿をしていた。その去りゆく姿は、黒い着物を着たほっそりした女性だった。  娘は雪の上を滑るように速い足取りで通り過ぎ、あっという間に小さくなった。雪の上に足跡さえなかった。まるで体重がないかのように。そもそも雪かきがされてない雪の上を、着物姿であんなに素早く歩けるものではないのだが。  修は驚いて去りゆく娘を見つめ続けていた。修は娘に大きな違和感を感じ戸惑っていた。 『着物の色は黒…大柄な赤黒い椿模様…で、真っ黒な帯? 妙な色合いだ。帯まで黒だから喪服? けど、あんな毒々しい色の花を着物に描くものなのか? 着物の生地も帯も高価な感じがするけど、あんな色の花柄では着物が台無しだ』  修は振り返った時に娘の顔も見ていた。 『あの娘(こ)はまだ十代か? 遠くを刺すように冷たく見てたな。目の前にいた僕には見向きもしなかった』  修は目を閉じて、もう一度娘の顔を思い浮かべた。まだ不自然なところがあった。  一目見ただけだったが修は鮮やかに娘の顔を覚えていた。玉のようにきれいな肌…月のない夜のような漆黒の髪と瞳…。髪は肩にもかからない短さで、一本の乱れもないように真っ直ぐ見えた。  あの冷酷そうな瞳は、睨まれたら即座に体が凍りついてしまいそう…。固く結ばれた赤紫色の唇は、開けば氷の息を吐くのではないか? 「あの着物が白一色で長い黒髪だったら、まるで昔話の雪女…?」  修は手を打った。違和感の元がわかったのだ。 「そうか、髪だ!」修は思わず大きな声を出した。  あの娘の短い髪は、着物にも彼女自身にも似合っていない。着物自体、異様な色柄だったが、それを差し引いても、あの髪は短い上に切りそろえていない。真っすぐだけど長さがばらばら、一番違和感が大きかった。  短い髪で着物を着ている女性もいる。だが着物に似合うような髪形にしている、と修は弟に聞いたことを思い出した。髪飾り等で和風に工夫していると母さんも言ってたような…?   あの娘はそんな工夫も一切なくて、髪にも着物にも無頓着…?  修は再び側の雪に触れてみた。やはり冷たくなかった。では娘が通り過ぎたときに感じた、一陣の鋭い殺気だった風は何だったのか? 背筋が凍りつきそうだった。 「喪服を着た雪女?」  修は首を横に振った。修は彼女の顔に人間らしい高慢さや頑固さをわずかに感じていた。冷たい外見とは裏腹に、内に燃える激しい何かを感じた気がした。 「でも気のせいかも…? 一瞬のことだったからな」修はぶつぶつ呟いた。
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