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「もしもし、そこの方、よかったら中にお入りなされ」
いつの間にか古びた家の中から老人が現れていた。髪も長いひげも真っ白で、皺だらけの細い手で修を手招きしている。老人はくすんだ灰色の着物に、毛皮らしきチョッキを羽織っていた。
『まるで仙人のような…雪女に仙人? 僕はお伽話の夢を見てるのか…?』
修は苦笑したが、老人の招きに応じて家の中に入った。
中に入ると、不思議と寒さが感じられた。薄手のセーターとズボンではしんしんと寒さが身に染みてきた。修は身震いした。
老人は薄暗い土間から、広い座敷へと案内してくれた。固そうで太い柱が何か所か目についた。
座敷の中央には大きな火鉢と卓袱台(ちゃぶだい)があった。老人は卓袱台の側に座布団を敷き、それに座るよう勧めてくれた。
修は遠慮なく座って、青い陶器の火鉢に手をかざした。
その部屋は庭に面しているようだった。締め切ってある障子から、少し明るい陽射しが入ってきていた。雪の反射もあるのかもしれない。
障子を閉めてあっても行燈(あんどん)が近くにあり、部屋の中は明るかった。
『これ火の明かりだ、電気じゃない』修は珍しそうに四角い行燈を覗いた。
座敷には、他に年代物の黒塗りの箪笥(たんす)や、金箔が施してある仏壇が置かれてあった。
床の間には掛軸があった。それには赤い花を咲かせている椿の木と、その前に丸くなって眠っている白猫が描かれていた。
部屋は全体的に殺風景だったが、掃除は行き届いているようで清潔感があった。
老人は少しの間、姿を消していたかと思うと、盆に急須と湯呑、茶菓子を置いた小皿二つを乗せて戻ってきた。老人は急須で玉露を入れてくれた。湯呑は鈍色の陶器で、お茶を口に含むと、とろっと溶けるような美味しさだった。
「とても美味しいお茶ですね」修は素直に感想を言った。
老人は笑顔になり、緑色の小皿を修の前に置いた。
皿の上の菓子は、紅白の椿の花模様で、熟練の職人の手で作られたような繊細な仕上がりになっていた。
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