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あの娘に何かあったと聞いても修は驚かなかった。何もなかったら、あんな不気味な色の着物を着て、あんな凍りつきそうな殺気立った風を起こして通り過ぎていくわけがない。
「もう久しくこの屋敷を訪れる人はおりませんでした。まさかタスケの命日にお客様が現れるなんて…。あなたとうちには何か強いご縁があるに違いない。どうか、わしの話を聞いて、タスケに手を合わせてやって下さらんか? あなたに手を合わせてもらえば、タスケはきっと喜ぶはず。沙織にも何かいいことがあるかも…。この通りですじゃ」
老人は畳に両手をつき、深々と修に向かって頭を下げた。修は慌てて言った。
「どうか頭を上げて下さい。僕なんて美味しいお茶やお菓子をご馳走になってる、ただの通りすがりなのに! 僕でよければ話を聞かせて下さい。沙織さんのことやタスケさん?のことを聞きたいです」修も畳に手をついて頭を下げた。
頭を上げた老人の顔には深い皺が刻まれ強い苦悩の表情が浮かんでいた。
「話しましょう。わしが大旦那の佐吉(さきち)と呼ばれ、『玉椿(たまつばき)』という菓子作りの店を繁盛させようとしていた頃のことを…」
老人が話を始めると周囲が暗くなり、修はぼうっとなってきた。老人の声が近くで聞こえたり、遠くで聞こえたりしながら、目には老人が話す場面が見えたり消えたりした。眠るように夢見るように、老人の話す情景が浮かんでは消えていった。
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