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隠居して重圧から解放された佐吉は、茶会や句会に行くなど老後をゆったり楽しんだ。小旅行にもよく行った。
その佐吉も孫娘の沙織(さおり)が生まれてからは、店の切り盛りで忙しい夫婦に代わって、孫の世話を引き受けた。佐吉は沙織が可愛くてならなかった。亡き妻と娘おせん、両方の面影があったからだ。
沙織が物心つくと、佐吉は職人達が菓子を作っている作業場に連れていき見学させた。店自慢の菓子折りを持参して、沙織を茶会や句会にも連れていった。他にも沙織に踊りや琴、茶を習わせ、佐吉も自宅で沙織の練習に付き合った。
ゆくゆくは店の看板娘に成長するであろう沙織に、世間に出しても恥ずかしくない素養を身につけさせるためだった。
沙織が駄々をこねずに習い事をすると、時々佐吉からご褒美がもらえた。沙織の好きな色柄の着物や小物を買ってもらえた。ご褒美のときの佐吉は、沙織のわがままを何でもきいてやった。
だが沙織が五歳になった冬、沙織の両親は山道で雪崩にあい亡くなった。
山向こうの親しい友人に、婚礼の菓子を届けに行った帰りのことだった。婚礼に出席し、そのあとは久しぶりに夫婦揃って温泉につかり、日頃の疲れを癒した帰りだった。
夫婦の遺体は春になって雪が溶けるまで見つからなかった。見つかって家に運ばれてきたときには、二人ともまるで眠っているかのようだった。佐吉は震える手で冷たくなった二人に触れ、その体にすがって大声で泣いた。職人も他の使用人達も皆、涙を流して二人を悼んでくれた。
『いつも一所懸命、店で働いていたあの二人にどうしてこんなことが!』と佐吉は後を追いそうなほど何日も悲嘆にくれた。
しかし残された沙織や店の職人や使用人達のことを考えると、いつまでも悲しんではいられなかった。
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