タスケとキク

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タスケとキク

 沙織が十歳の頃だった。タスケとキクという農家の兄妹が住み込みで佐吉の屋敷に雇われた。タスケは沙織と同い年で、キクは一歳年下だった。二人は山を一つ越え、半日がかりで沙織の家にやってきた。  タスケとキクの村でも老舗「玉椿」の評判は伝わっていた。近辺の大きな屋敷から、主またはその使用人が「玉椿」の菓子を買い求めにやってくるという。古くからの大事なお得意先には、「玉椿」の主人、佐吉自らが菓子の配達をすることもあるという。  だがその噂を、タスケもキクも上の空で聞いていた。自分達には全く縁のない話だと思っていたからだ。  父親が早くに病死し、そのあと無理をした母親も病弱となり、満足に畑を耕せずにいた。他に二人の弟達がいて、タスケ一家はその日の食べ物にも窮していたのだ。  タスケとキクにとっては、朝から晩まで一生懸命、田畑を耕し実りを得ることが何より大事だった。  その窮地を耳にしたヨネという娘がいた。ヨネは賄(まかな)いの女中として、「玉椿」に住み込みで雇われていた。ヨネはたまたま里帰りをしたとき、タスケ達のことを聞いた。  その頃ヨネは嫁ぐことが決まり、佐吉に暇乞いをするつもりだった。タスケ達が気の毒であるのと、自分が暇乞いをした穴埋めのことも考え、ヨネは「玉椿」に戻った時、佐吉に話をしてくれた。タスケとキクを住み込みで雇えないか、懐深い佐吉に頼んでくれたのである。  佐吉もちょうど新たに沙織の身の回りの世話をする女中を雇おうと考えていた。また「玉椿」の職人技を、奉公に来て真面目に働く若者に教えたいとも考えていた。沙織のことを見ている内に、才ある者は早い内から磨き上げ、沙織が後を継いでも盤石な店であるよう、道を切り開いておきたかったのだ。  佐吉にとってもヨネの話は渡りに船だった。佐吉はいくばくかの金を用意し、タスケとキクを連れてくるようヨネに頼んだ。  ヨネの話を聞いて、タスケとキクの母親はとても喜んだ。これで二人が立派に成長できると嬉し涙を流した。ヨネが預かって渡してくれたお金で、残りの家族三人がしばらく生き延びられることを、佐吉にも天にも感謝した。  タスケとキクも必ず一所懸命働いて母親と弟達の助けになることを誓い、親子は共に泣いて喜び合った。
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