佐吉と沙織

1/4
12人が本棚に入れています
本棚に追加
/111ページ

佐吉と沙織

 かつて大旦那様と呼ばれていた佐吉(さきち)は、長年続いた老舗の菓子屋「玉椿(たまつばき)」の店主だった。周囲にもいろいろな店や家々が並び、賑やかな界隈の中に佐吉の店と住居はあった。  佐吉の代には十人の職人の他、十五人の使用人を使って店を盛り立てるほどになっていた。佐吉は早くに連れ合いを亡くしていたが、おせんという一人娘がいた。  おせんは成長すると美人の看板娘と評判になった。亡き妻に似て明るくきびきびと働くおせんは、佐吉の自慢の娘だった。  そしてしばらくのちに、おせんは店で一番腕のいい職人を婿として迎えることになった。  おせんの夫となった次郎は気立てのいい働き者で、おせんと仲良く店を盛り立てていった。佐吉は何の心配もなく若夫婦に店を任せて早々に隠居した。  元来、佐吉はひょうひょうと生きるのが性に合っていた。しかし一人息子だった佐吉は、老舗の「玉椿」を受け継がざるをえなかった。幼い頃から周囲の期待を背負っていたため、佐吉は忠実に店のために働いた。  とはいえ、佐吉は菓子作りも店での采配も決して嫌ではなかった。周囲が自分を頼ってくれるのがとても嬉しかったし、菓子作りに携わるのも好きだった。佐吉は周囲の期待に応えることができた自分を幸せ者だと思っていた。
/111ページ

最初のコメントを投稿しよう!