4、仕込み

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 むぎ子が一番恐れていたのはその教師の受け持つ、現代文の授業だった。長い文章を読まされるかもしれないその授業が、史上最大の恐怖であった。  だからむぎ子は勇気を振り絞って、大学を卒業したての彼女に向かって、自分は人より緊張しやすいたちであり、当てられるかと思うと授業に集中できないので、どうか当てないでほしいと言う嘆願をしに行ったのである。   しかし彼女はいつも友達とふざけあって振舞っているむぎ子が、ふざけていると思ったらしい。むぎ子はこの時ほど、目の前のこの女教師がブスに思えたことはなかった。彼女は甘い香水の匂いを職員室に漂わせて、右の薬指には高価そうな指輪を光らせていた。    このブス、むぎ子は心の中で叫んだ。ブスをブスと思うことは誰にとっても簡単であって、わざわざ心の中でさえ、意識的にいうことではない。けれどもむぎ子は心の中で何度も叫んだ。ブス。こんなに見た目も内面もブスな女が、まっとうな社会人として認められ、男に愛されているという事実が、むぎ子には信じられなかった。    それに対して、私の人生はお先真っ暗だ。私はこのまま行けばまともな社会参画など叶わないであろうし、そうすればきっと、誰にも愛されずに死んでいくことになる…
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