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その年、もし世界の女どもを、自己申告制でアバズレとそうでないのとに分けたとしたら、むぎ子は間違いなくアバズレの方へ、丸をつけたことだろう。
南むぎ子は21歳になったばかりであった。都内の三流大学の三年生で、見た目のほどは中の中と言ったところで、背は低く、化粧っ気がなかった。実家住まいで、家の近所にある商店街の小さな寿司店で、週5でアルバイトをしていた。
うだるように暑い夏の夜、午前2時ごろに、むぎ子のスマートフォンが、枕元で震えて光った。むぎ子はパッと目を覚ます。真夜中のメッセージは、昼間のそれよりも、重大な意味を持っている。やけっぱちなデートの誘いや、酒の力によってつい迸ってしまう本音、はち切れんばかりの愛の告白…そういうドラマチックなものたちを、朝まで待てるわけがない。
しかし今回はそのどれでもなかった。むぎ子はアジのように小さな目を見開いて、暗闇にぼうっと浮かび上がるそのメッセージを、息をひそめて黙読した。
「初めまして、こんばんは。夜中に突然のメール、すみません。私は野田君の彼女です。実は、野田君はもうしばらく前から、あなたのことが、好きみたいなんです。だから、私はおとなしく身を引こうと思います。野田君はとっても優しい人です。だからどうか、大切にしてあげてください。お返事はいりません。それでは、さようなら。」
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