4、仕込み

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 むぎ子はその瞬間に、自分の荒療治が失敗したことを悟った。むぎ子は頑張って勇気を振り絞り、逃げずに一歩踏み出せば、決して悪い結果はやってこないのだと、今日まで堅く信じ続けて生きてきた。けれど、実際は違うのだった。    私はプライドが高すぎるし、あまりにも臆病になりすぎる。小さなことを大きく捉えすぎるきらいがあるし、自分のことを大事にしすぎてしまっている。わかっている、そんなことはわかっている、だけどどうしようもできないのだ。笑い飛ばせる人もいるだろう。けれど私にはできないのだ。甘やかされて育ったから?本当の苦しみを知らないから?    むぎ子は戦場に行きたい、と思った。そこで待ち受ける飢餓や病気や死への恐怖が、この大したことのない緊張症など叩き潰してくれれば良いとそう思った。そうしてニュースに出てくる戦場地帯の子供達を、少しだけ羨ましいと思った。そして羨ましいと思った後は、自分のことを少しだけ恥じた。    戦場へ行く代わりに、むぎ子は時折自分の顔へマスクをつけるようになった。そうすることで、いざという時、自分の顔が引きつったり、顔が赤く染まったことを、相手に悟られないで済むと思ったからだ。しかしあまり頻繁につけているのはいかにも不自然なので、当てられる恐れのある授業のある日と、緊張する相手と向かい合って喋らなければならぬ日を慎重に選んで、風邪気味なのだと偽ってマスクをつけた。
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