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「暦、寒くない?」
「少し。でも、風が冷たくて気持ち良いね。」
「そうだね。もうすっかり秋も深くなってる。」
着ていたカーディガンを脱いで暦の肩に掛けてやりながら、静寂に包まれた庭を見渡す。
屋敷の周囲を囲うように植えられている木々が纏う葉の色は、すっかり赤や黄色へと衣替えをしている。
車椅子に座っている彼女は、風で乱れる長い髪を耳に掛けて、僕のカーディガンに鼻を近づけた。
「歴の香りがする。この6年間、ずっとこの香りが恋しかった。」
そう言って、嬉々とした表情を浮かべる暦は酷く美しい。
髪の隙間から覗く彼女の項が煽情的で、ゴクリと喉が鳴る。
嗚呼、その真っ白い首筋に、熱くなった舌を這わせて歯を立ててやりたい。
甘い声を上げて、僕によがる彼女の姿を想像するだけで、大きな興奮が頭から足の先まで駆け抜けた。
レンガで造られた路を辿り始めてから数分後、懐かしい建物が視線の先に姿を見せた。
「うわぁ、外観は全然変わらないね。」
感嘆の声を漏らす彼女の瞳に輝きが宿る。
無邪気にはしゃぐ姿が、何とも愛らしくて抱き締めたくなる衝動をどうにか堪えた。
「暦もここに来るのは久しぶりなの?」
「うん。あの日以来、来た事はないよ。」
「……。」
「独りでここに来たって、寂しくなるだけでしょう?歴を恋しく想う気持ちに殺されてしまいそうでここに行く勇気を持てなかったの。」
消え入りそうな声を吐いて、寂しげに目を伏せた彼女は、今にも泣いてしまいそうだ。
それと同時に忌々しい記憶が蘇ってきて頭を過る。
「そっか。また一緒に来られて嬉しい。」
「私もよ、歴。」
あんな事がなければ、僕と彼女が離れて過ごす必要なんてなかった。
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