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使用人が寝静まっている屋敷は、不気味な沈黙に包まれている。
「疲れた?」
「ううん、幸せ。」
「僕も幸せだよ。」
ベッドの上に肢体を寝かせれば、彼女は体力の限界なのか欠伸を零している。
孤独に過ごしていた夜は虚しかったけれど、暦との夜は愛おしい。
「僕は一度、着替えてくるから暦は先に休んでて。」
猫っ毛の髪を撫でてあげているこの瞬間にも、彼女は眠たそうに目を擦っていて夢の世界へ行ってしまいそうだ。
額にそっとキスを落として、踵を返そうとした僕の手首を彼女の弱い力で制される。
「どうしたの?」
「戻って来る?」
「当然だよ。」
「ちゃんと戻って来て。明日も明後日も…これからは毎日歴の腕の中で目を覚ましたいの。」
「約束する。」
なんて愛らしいお願いなんだろう。
僕のせいでこんなに穢れてしまっているというのに、何も気付かずにこちらの策略に嵌って、自分を不幸にした男を愛している哀れな人。
「おやすみ、暦。」
幼い頃から暦の全てを奪ってきた。
暦が僕に依存してくれるように、何だってした。
「おやすみ、歴。」
そうして、念願叶って暦は今僕の物になった。
愛しい愛しい暦。
僕の荊で縛られた、可哀想な暦。
「…可愛い寝顔だね。」
彼女が瞼を完全に閉じるのを見守ってから、僕は部屋を後にした。
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