月狂条例第三/待宵月

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「歴様。」 シャワーと着替えを済ませ、静かな廊下を歩いていた僕の背中に掛かった声。 立ち止まって振り返った拍子に、まだ乾ききっていない髪から水滴が滴り落ちる。 切り替わった視界に飛び込んだ人物に僕は僅かに吃驚したけれど、すぐに自分の口角が吊り上がるのが分かった。 「以前働いていた使用人たち全員には暇を与えたと思ったのに、まだ疫病神が残っていたとはね。」 「半年前より英国にて調査をしておりました。」 「そう、そんなお前が何でここに?」 「それはこちらの台詞です。どうして歴様がこちらにおられるのですか?」 僕を見る相手の目は、憎しみに満ちている。 嗚呼、そういえばこの男のせいで僕と暦は6年も離れ離れで過ごす事になったんだっけ。 6年前のあの日、薔薇園で情事に耽っていた僕達を偶然目撃したこの男の顔は全くもって傑作だった。 「旦那様の故郷である英国へと飛ばされた貴方は、月狂条例により施設に収監されていたはずでは?」 「さぁ、どうだろう。」 「かねてより旦那様は歴様の異常な行動と精神状態を大変懸念されておりました。あなた方の薔薇園での関係を知った私がその旨を報告した際、旦那様は憤慨なさっていました。奥様も憔悴しきっていて…「煩いよ。」」 声を遮った僕が相手を一瞥すれば、恐怖を感じているのか喉を鳴らしている。 この男は昔から厄介な存在だった。 僕と暦の関係を決して許さない主人に誰よりも忠誠を誓っていた忌々しい犬だ。 「半年前、英国での旦那様と奥様の訃報を聞かされた時、私は納得がいきませんでした。交通事故に巻き込まれたなんて信じられなかった。」 「……。」 「ですから自らの足で赴き、事件を調査していたんです。その場に居合わせた目撃者の中に、お二人が乗車していた車を狙ったかのように車両が突っ込んできたという証言をした者がおりました。」 「へぇ。」 「旦那様と奥様は即死。突っ込んできた車両を運転していた男も出血多量で死んでいて、当事者が全員が死亡したこの件は、結局ただの交通事故という処理がなされた。」 長くなりそうな話に内心溜め息を吐いて、僕は廊下の壁に身を預ける。 この男の話に相槌を打ってやるのさえ億劫に感じるのも仕方がない。
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