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(――そのまま駅に入ってくれ)
祈りもむなしく、父親は駅に入らずにそのまま通りを進み、踏切を渡っていった。
僕は「あちゃー」とうなだれた。これで仕事に行かないことは確定である。そして僕の任務が続くことも確定してしまった。
僕は再び雨の中に出ると、こっそりと後をつけた。
雨の中を歩くのはすごくつらい。びっしょりと体毛が張りつき、冷たい雨水がとめどなく肌を伝う。自然と唸り声が漏れそうになるのをぐっとこらえた。
夏紀の父親は駅裏のさびれた風情の通りを進み、アパートの前で立ち止まった。古そうな二階建ての建物である。
砂利を踏みしめながら敷地内に入ってゆく父親に何食わぬ顔でついていった。雨がしのげることが何よりも嬉しかった。
父親は外階段を上り、二階の角部屋の呼び鈴を押した。僕は階段の降り口付近に設置された消火器の影に身をひそめ、様子をうかがうことにした。
しばらくしてドアが開き、女の人が顔をのぞかせた。彼女の姿を見て――僕はひっそりと衝撃を受けた。
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