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お世辞とも美人とは言えない女性だったからだ。貧相に痩せていて、髪もただ後ろにひっつめているだけで化粧っ気もない。身につけた衣服も地味だった。むしろ江藤家の母親の方がずっと華やかで綺麗だ。
――僕は夏紀の気持ちがわかってしまった。夏紀は、父親が自分たち家族より、この程度の女性を取ったことが許せなかったのだ。
父親はほっとした笑顔を見せ、女の人にキスをした。二人は室内に入り、ドアが閉められた。
僕は消火器の影から出て、外階段を降りた。
雨脚はいっそうに強く、耐えがたい思いをしながらやっとの思いで駅ビルのトイレに戻った。
変身を解き、服を着ても寒気は収まらなかった。
(夏紀に報告しなきゃ。――でも、何ていえば)
そもそも不倫が真実と知って、夏紀はどうするつもりなのだ。
あの気の強そうな夏紀なら父親を問い詰めかねない。それとも母親に言うだろうか。だが、そんなことをしたら泥沼の最悪な結果になりかねない。
(僕が本当のことを言わなければいいんだ。お父さんは、ちゃんと電車に乗ったと……)
――だめだ、と俯く。
夏紀のあの様子だと、すでに父親の不貞が事実だと知っているのだ。
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