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「夏紀です。先日はありがとうございました」
母親が近くにいるのか、夏紀はきわめて無邪気なつくり声を出した。
「どうでした? お願いしたこと、わかりました?」
「…お父さんだけど、やっぱり女の人と逢ってたよ」
夏紀は一瞬黙した。だがすぐに愛想良く応える。
「そうですかぁ。それで――どうしたんですか?」
「キスしてた」
夏紀は絶句した。僕は死んだように硬い声で続けた。
「それで……僕、君に化けてあの女の人に会ったんだ」
「――なに勝手なことしてんだよ!!」
怒声が耳をつんざいた。
どうしたの、と母親の動揺したような声が聞こえた。なんでもない、あっち行ってよ――夏紀の声は半泣きだった。
母親がいぶかしんでいる。もう長くは通話を続けられないだろう。
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