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「夏紀ちゃん、聞いて。あの女は君を見て、もう終わりにするって言ったよ。もう逢わないって」
「…そんなの嘘に決まってるじゃない」
低い、地の底から響くような声音だった。
「あの女の言葉は嘘じゃないと思う。だから、もう大丈夫なんだよ」
ごとん、と受話器が床に落ちる音が耳を打ち、次いで夏紀の盛大な泣き声がわんわん響いた。
僕は電話を切った。
――もう終わりよ――そう言い放った彼女の、射るような眼差しが脳裏を過る。
あれはその場しのぎの言葉なんかじゃない。確かに、強さとプライドがあったのだ。その証拠に、決然と顔を上げたあの女を、父親は惜しむように見つめていたじゃないか。
電話ボックスから出た僕は、顔を上げて打ちつける雨粒を感じた。
猫の姿のときはあんなに不快だった雨が、人の身にはひどく心地よかった。
完
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