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そんな中、結月はひとり窓の外を見つめていた。白いカーテンが揺れる窓の向こうには、見慣れない糸莉市の街並みが見える。初夏の香りを纏った爽やかな風が抜けると、また消毒液のにおいが舞った。
晴天の景色は窓枠の向こう、手を伸ばせば届きそうな距離にあるのに、どうにも遠くにあるような気がして切ない気分になる。
未だ動く気になれない結月は、ベッドの上に座ったままぼんやりと室内を見回した。この病院の白さが嫌いだった。嫌でも、いろいろなことを思い出してしまうからだ。
懐かしい。雪よりも白いこの色が、ほんのりと温かい記憶を連れてくる。そういえば、こうした大きな病院を訪れるのは、弟の見舞いに行っていた時以来だ。
いざこうして自分が患者側になって思う。自分には後輩たちが今も居るが、弟は誰も居ない時間をこの白色の中で過ごしていたのだ。自分にはきっと耐えられない。退屈や不安が牙をむいて化け物のように襲ってきそうだからだ。
……弟は、いつもこんな気持ちだったのだろうか。
やはり、自分が居ることで怪奇に巻き込まれぬよう弟と距離を置いたのは、間違いだっただろうか。何度も何度も、そんな後悔が脳内を駆け巡る。
あの後、弟はどうなったのだろう。
自分が弟のもとを離れた後、一体どれほどの寂しい思いをさせてしまったのか。
たとえ自分を覚えていなかったとしても、心ではきっと寂しかったに違いない。
「……ごめんね、星來」
結月の小さな謝罪は、そよ風に乗って空の彼方に溶けていく。
握りしめたシーツは、まるで泣き顔のようなくしゃりとした皺を刻んでいった。
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