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「珍しく爆睡だったじゃん。授業つまんなかった?」
休み時間で席を外したクラスメイトの椅子に律夜が腰かけて問う。その手には、五限目の授業だった古典の教科書が握られていた。
「それもある」
「だよなぁー。あの先生、自分の話しかしないもんな」
「ほんとだよね。いい子守歌だよ……」
「子守歌の天才なんじゃね?」
「言えてる」
星來が板書の取れなかったノートを閉じれば、律夜は頬杖をついて溜息を零す。つられるように重い息を吐く星來を見て、律夜は眉を顰めた。
「せいちゃん、疲れてた?あんまり授業とか寝るタイプじゃないのに」
「うーん……まぁ、そこそこ」
星來は苦笑して答えた。
ここ数日、満足いくほど眠れていなかった。原因は十中八九あの夢であろう。
昔の記憶を辿る夢。妙に鮮明なそれは、どうもぐっすりと眠らせてくれなかった。気がかりなのは、自分の記憶の中で唯一のイレギュラーであるあの狐面の少年だ。恐怖や不気味さを明確に感じているわけではない。だが、奇妙なそれに無性に惹かれたのだ。
「……もしかして、体調悪い?」
律夜が顔を覗き込んで問う。
「え?いや、そんなことないけど――」
「遠慮しなくていいからな!?保健室行く⁉歩くのしんどかったらオレがおぶるよ!?」
「だ、大丈夫だってば!律夜は大袈裟すぎるんだよ……」
突然立ち上がって血相を変えた律夜を慌てて制止して、星來は呆れたように嘆息した。
親友である彼は、自分が病弱体質であったという話をしてから過保護になった。一度授業で倒れてから、さらにその過保護さに磨きがかかったのを覚えている。
親友として心配してくれることはありがたいが、少々度が過ぎる部分もある。だからといって、別に迷惑ともお節介だとも思ったことはない。彼の気遣いがあってこそ、穏やかな学校生活を送ることができているのだから。
「……ただ、最近あんま眠れてないだけだよ」
古典の教科書を片付けながら、星來は窓の外に視線を向けた。優雅に飛び立つ鳩の群れが、空に浮かぶ雲の向こうに消えていく。
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