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「……青紫」
不意に落ち着いた少女の声が鼓膜を震わせた。突如聞こえたその声に振り返れば、細い茶髪をハーフアップにした少女が立っていた。丸眼鏡をかけたオッドアイのその少女は、探るような目つきで星來たちを見つめている。
「お、出たな夕咲の色占い。今のはせいちゃんのを見たな?」
「えぇ。蓮水くんのを見たわ」
星來のもう一人の親友である百鬼夕咲が、表情一つ変えずに答えた。出会った当初から変わらぬミステリアスな雰囲気は今も健在である。律夜の問いに頷くと、夕咲は続けた。
「見えた色は青紫。そうね……不安と忘却。曖昧で分かりにくいけれど、そんなところかしら」
教科書を片手に言う夕咲は、本人によると人の運勢や感情が色として見えるらしい。その真偽は不明だが、星來には夕咲が嘘を吐くような人物とは思えなかったため、彼女が見る色の内容は信じている。
そのうえ、彼女の告げるイメージは、自分が感じていることとほとんど同じであることが多い。例えば、悩みを抱えていれば灰色や暗い紫など、どことなく沈んだ色が多く、逆に良いことがあった時は、桃色や黄色だと告げることが大概だ。夕咲には、確実に何かが見えている。
「不安と忘却……それってどういうこと?」と星來が小首を傾げた。
「さぁ?私にはよく分からないわ。でも、蓮水くんは何か気がかりなことがあるんじゃない?」
見透かしたような目つきで言われ、星來は肩を竦めた。
気がかりなことなど、一つしかない。あの夢の少年のことだ。知らないその存在が、脳内の八割を占めている。夕咲の言う不安とは、あの少年の見た目から感じる微かな恐怖のことなのかもしれない。
しかし、忘却とは一体……?
「ねぇ百鬼。青紫は百鬼から見てどのくらい悪い?」
不安が燻るのを感じ、星來が眉間に皺を寄せた。
「微妙なところね。正直、良い方にも悪い方にも転ぶわ。全ては蓮水くん次第ってことね」
「要はせいちゃん自身が解決しなきゃいけないってことだな!」
「その通りね」
「うーん……、そんなこと言われても解決方法なんて思い当たらないんだよなぁ」
親友二人の言葉に、星來は頭を悩ませた。夢の詳細も、この何かが引っかかるような感覚を取り除く方法も、全くもって分からない。出口のない迷路にでも迷い込んだ気分だ。
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