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「蓮水くんは何に悩んでいるのかしら」
「あ、律夜には話したんだけど……最近気になる夢を見て」
「夢?」と復唱する夕咲に星來は頷く。律夜に話した内容と同じことを話せば、夕咲は口元に手を当てて眉を顰めた。
「……夢って、この先に起こることを予知として見せたり、逆に忘れている過去のことを呼び覚ましたりするものでもあるのよね」
落ち着きを放った夕咲が、星來の双眸を覗いた。
「じゃあ、これは俺が忘れてる過去か何かってこと?」
「確証はないけれど、可能性はあるんじゃないかしら」
「忘れてることか……なんなんだろ」
「一番ありがちなのは、記憶喪失ね。部分的な記憶の欠落も有り得るわ。……蓮水くん、事故とかで頭を打ったこととかはない?」
「ないと思う。事故に遭うような場所に行けるほどあの頃は自由じゃなかったし。病院内の階段とかから落ちてれば別だけど」
今から約八年ほど前のことを回想する。しかし、記憶が欠落するようなことが起きた覚えはない。そもそも、その記憶が消えてしまうようなことが起きていても、そのこと自体を忘れている可能性があるが。その場合は、星來にはどうしようもできない。
入院生活をしていた時は、基本的に看護師の目があったから、相当のことがなければ事故に遭うことはないだろう。もし仮に事故に遭っていたとしても、当事者に告げない理由が分からない。詳細を聞いてショックを受けるような年齢では、もうないのだから。
「ま、とりあえずその夢に何か意味がありそうなのは確かだな」
「……嫌なこととか起きなければいいけど」
暗雲が立ち込めるような不安感に、星來は溜息を吐いた。
「大丈夫だって!何かあってもオレが守ってやるから」
「津雲くんじゃちょっと頼りないよね」
「分かるかも」
「え、何でだよ!?」
あからさまにショックを受けた顔で、律夜は大袈裟に驚いてみせた。その様子を見て、星來と夕咲は楽しげに笑声を零す。不服そうな律夜は、ムッとした顔でありながらも、普段通りの空気に戻ったことに内心安堵していた。
「ったく……。ほら、せいちゃん。悩むのも大事だけどそろそろ次の授業始まるぞー?」
「あれ、もうそんな時間か」
「次はあの鬼教師だから寝たら雷落ちるし気をつけろよ」
「そういえばそうだった……頑張る」
六限の数学を担当している教師は、この学校で有名な鬼教師だ。授業で居眠りなどすれば、耳鳴りのするような大声で一喝されるに決まっている。あるいは、くどくどとクラスメイトの前で説教をされるかもしれない。廊下に立たされている生徒も何度か見かけたことがあるし、あの教師の授業で、居眠りなど死んでも出来ない。
「……レモン色。たぶん、蓮水くんは起きていられるわ。いい運勢しか見えないもの」
夕咲が星來の肩に手を置いて微笑した。
「ほんと?それは安心だね」
百鬼が言うのだから間違いない。
そう笑んで星來は慌てて六限の準備に取り掛かった。
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