72人が本棚に入れています
本棚に追加
「でも、分かる気はするわ。最近、おかしなことが起きているのは確かだし。不安になるのも仕方ないわね」
夕咲が遠くの空を見つめた。どこか憂いげな様子が珍しいなと、星來はその表情を眺めていた。
「百鬼でも怖いって思うことあるの?」
「蓮水くんは私を人間だと思ってないのかしら」
「え⁉そういうわけじゃないけど、百鬼は何にも動じないって感じだから」
ムッとした顔の夕咲に慌てて弁解する。すると夕咲は困ったような笑みを浮かべた。
「そうね。昔から表情に出にくいもの。……結構怖がりだったりするのよ?」
「意外。じゃあ、俺たち三人とも怖がりか」
「蓮水くんたち程ではないわ」
「だ、だよね……」
バッサリと切られ、星來が苦笑する。夕咲の芯の強さは異常だ。彼女が目に見えて動揺したり畏怖したりするのを見たことがない。
「津雲くん一人じゃ心配だし、私たちも行きましょう」と鞄を律夜の自転車の横に置いた夕咲が言う。
「そうだね。律夜のことだし、あのままトンネルに入って迷子になることもありえそうだから」
トンネルの前あたりの茂みから除く鉛丹色の髪を見つめる。ここから見えているうちはいいが、あの姿が見えなくなったらさすがに心配になる。そうなる前に、律夜と合流しなければ。
二人は階段を下り、トンネル前へと向かう。坂の上から見る分には、古びた小さなトンネルだったが、近くで見てみると巨大な穴のように見える。
まるで洞窟だ。
あるいは、何か大きな怪物の口のようにも見える。大きく開いたそれは、ぐるぐると渦巻く闇を含み、向こう側の景色をちらつかせていた。
「律夜、何かあった?」とトンネル前でしゃがみこんでいた律夜に声をかけた。
「一応あったけど、別に不思議なものでもなかった」
律夜が残念そうに溜息を吐き、掌に乗せた物を星來に見せた。星來はそれをまじまじと見る。それは、小さな半透明の欠片があった。
「なにこれ、ビー玉?」
「たぶんなー。さっき見たのは、夕日に反射して光ってたコイツだったってわけだ」
律夜はそう言いながら、欠けて透明度が失われたビー玉の破片を夕日に透かす。確かに、夕日を浴びるとそれは小さな光を放っている。割れたビー玉は夕映えを取り込んで、微かに透明感を取り戻して橙色に煌めいていた。律夜はその光を見て駆け出したのだ。
「あーあ、もっと面白いもんかと思ったんだけどなぁ」
「残念だったね、律夜」
「ほんとな。……それにしても、不気味なトンネルだよな」
律夜がビー玉の欠片を握りこんでトンネルの方を振り返った。
最初のコメントを投稿しよう!