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翌日、酒の抜けきらない身体で出勤した尚之は、タイムカードを押すと、朝礼前に喫煙スペースへ移動した。電子タバコに変えてみたが、タバコの量は出社すると増える。充電がチャージされた電子タバコを吹かすと、同僚の塩崎が顔を出した。
「若林、相変わらず早いな。おはよう」
塩崎は背筋をピンとして、イタリア製のスーツをしゃんと着こなし、同じく電子タバコを取り出して吸った。
「おはよう。早く来たくて来てるわけじゃない。家にいてもつまらないからな」
言うと、口から水蒸気が舞う。喫煙室とは云え、電子タバコが普及した今、昔からよくある喫煙室のタバコの独特な埃っぽさがあまりない。つまらなさそうにタバコを吹かす尚之を見て、塩崎は、
「お前さあ。昨日もあのクラブ行ったんだろ? だったらオネエちゃんたちとえっちなことだって、できるだろう」
涼しい顔してさらりとそういうことを塩崎は言うやつだ。塩崎は営業部のエースで、この広告会社の支店長の座にいる男だった。塩崎は他の支店から一昨年転勤してきた。塩崎は冷静沈着でありながら、外見が健康的な日焼けをしているのもあり、顔立ちも体格も同じ年代の男としては、いつも劣等感を感じさせる男だった。
「お前はいいよな。引く手あまただし。俺なんか、クラブに行こうが、酒を飲もうが、何もいいことなんかありゃしない」
尚之がタバコの煙を吐くと同時に嘆息する。それを見て塩崎がジャケットのポケットからスマホを取り出し、あるアプリを見せた。
「じゃあ、お前にいいもの見せてやるよ。このアプリ、最近流行ってる出会い系アプリだ。結構いい女、転がってるぞ」
言って、塩崎がある若い女のプロフィール画像を見せた。目が大きくて、色白の、二十代だと思われる女の写真を見て、尚之は、
「こんなの、詐欺写だろ? こんなかわいい子が出会い系やるなんて、絶対嘘だろ。絶対に会えないだろ」
言うと、塩崎は不敵に笑い、
「それがな。この子、俺、ついこの間、実際に会ったんだよ。お前もインストールしてみろよ」
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