クーケットの朝

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 テーブルの上には、さっき自分で焼いたパンケーキが二枚。 (やれやれ。もう三日間、まるで魚っ気がないじゃないの)  ぼやきながらも席に着き、ようやく食べ頃の温度となったパンケーキを口に運ぼうとした、まさにその瞬間、 「(ねえ)さん、姐さん、姐さーんっ!」  騒々しくわめき立てながら階段を駆け上がってくる音、次いでバタンと無遠慮に部屋のドアが開け放たれるやいなや、茶トラの被毛の上に、センスの欠片も無い真っ赤なシャツを引っかけただけの出で立ちで、新聞らしきものを握りしめたトラジロウが飛び込んでくる。 「一体、何の騒ぎだい」  うんざりとした声で、ミーシャは言った。 「あんたが持ってくる話にゃ、ろくなものがないからね」  大柄で、犬族にも負けない厳つい体つきと左目に掛けられた黒い眼帯には凄みがあるが、おつむの中身はスッカラカンのトンチンカンで、おまけにどうしようも無いお人好しと来ている。  つい先日も、トラジロウが回して寄越した仕事は、結局すっかり持ち出しとなり、おかげでミーシャはここ数日、好物のタラのフライを我慢する羽目になっているのだ。 「いやいやいや。これはもう、間違いねえって。オレが言うのじゃねえ。新聞に書いてあることだからな」  言いながらトラジロウが、クシャクシャになってしまっている新聞を広げると、一面に『伯爵家の令息、誘拐さる!』の大見出しが躍っていた。
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