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「耳寄り情報~っ!」
川瀬がそんな風に俺に言ってきたのは、次の日の放課後のことだった。
「あ、何だよ」
昨日、優理花に思いがけずに告白して玉砕した俺が、あのあと中庭の掃除がはかどるわけもなく、今日も俺は中庭の桜の花びらを箒で集めていた。
また優理花がそこの廊下を通るかもしれないと思うと、今日からは真面目に掃除をしようと思ってしまう俺は、意外と律儀なやつなのかもしれない。
「氷室優理花の好みの男子情報だよ」
「優理花の……」
聞きたいような、聞くのが怖いような……。
優理花の好みの男とか、少なくとも昨日友達になることさえ断られた俺とは真逆なんだろうなとか、卑屈に考えてしまう。
だけど、川瀬は俺のそんな女々しいところなんて気づく様子もなく口を開く。
「それはズバリ紳士!」
「紳士……」
やっぱり俺と真逆じゃねーかよ!
わかってはいたが、心のなかで落胆する。
「何だよ、反応薄いなぁ」
「悪いかよ」
「別にもうちょっと感謝してくれてもいいんじゃね?」
「はいはい、サンキュ」
「うわっ、テキトー。でもそんなおまえに、これやるよ」
そんな俺の手に握らされたのは、黒染め用のキットだ。
「おまえ、これ、どうしたんだよ」
「言っただろ? おまえに協力するって」
……何だかんだで川瀬はいいやつだ。
「いい紳士になれよ!」
そして川瀬は俺の肩をポンと叩いた。
だけど翌日、いざ川瀬の言葉通り紳士になって登場した俺を見て、川瀬はドン引きしていた。
「おま……っ、マジで紳士になってやがる。キモい」
「はぁ? おまえがいい紳士になれって言ったんだろうが」
いくらなんでもキモいはないだろ。
笑われることはある程度覚悟して来たが、さすがに傷つく。
ため息を吐き出しながら教室の窓ガラスに目をやると、黒髪で、きっちりシャツもズボンにインして上着のボタンもきっちりとめた男子優等生が見える。
まぁ、今までに比べたら地味だしダサいけどさ……。キモいはねぇだろ。
「そうむくれんなって。これが弘道だと思えばキモいけど、そうじゃなければ、そこそこイケメンの優等生に見えるから」
「……キモいは撤回しねぇのかよ」
目を細めて川瀬を見やる。
当然のごとく、川瀬は全く気にも留めてないようだった。
「ま、とりあえず、紳士になったんだから行ってこいよ」
「……そうだな」
プライドを捨てて優理花の好みの紳士になったんだ。
きっと今度こそ上手くいくに違いない。
けれどそんな風にたかを括っていた俺は、十数分後、自分がいかに単純でバカなのかを思い知らされる。
「……ごめんなさい」
「は……?」
目の前で俺に向かって申し訳なさそうに頭を下げる優理花を見て、やりきれない気持ちでいっぱいになる。
何でだよ、紳士が好きなんじゃなかったんかよ。
相手が優理花じゃなければ、きっと俺はそう言って相手につかみかかっていただろう。
優理花は戸惑う俺を気にも留めず、申し訳なさそうに俺に背を向けようとする。
「……ちょっと待てよ。今すぐ付き合えなんて言わねぇから、友達に……」
「この前も言ったけど、ごめんなさい……」
はぁぁぁあ? 何でこうなるんだよ。
けれど、優理花はまたしても俺にそう告げると、彼女の大きな瞳に紳士に変身した俺を映すことなく、近くで待っていた彼女の友達の方へ駆けていってしまった。
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