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「は? おまえ、正気か?」
「正気も何も、俺は本気だ。何たって今日は優理花の誕生日なんだからな」
きっちりと制服を着てボリュームのある赤いバラの花束を持って学校に向かおうとする俺を見て、川瀬は口をあんぐりと開けた。
このバラの花束は、近所の花屋にゴールデンウイーク中に頼んだものだ。
優理花のことについていろんな奴から情報を集めてくれていた川瀬のおかげで、優理花の誕生日がゴールデンウイーク明けにあることを知った。
短期間で二度も玉砕して心は折れかけていたし、誕生日のことを聞いても、何をしていいかわからずにいた。
けれど、まだ優理花には俺のことを何も知ってもらえていない。
俺は確実に変わったんだと声を大にして伝えて、この100本の赤いバラの花束を渡すことで俺の本気の気持ちをちゃんと伝えたい。
赤色のバラにはあなたを愛してます、100本のバラには100%の愛という花言葉があるらしい。最近知ったのだが、バラは色や本数によって花言葉が違うんだそうだ。
他にも情熱的な花言葉はたくさんあったが、少ない数だとショボく見えるし、大量のバラは予算が間に合わない。
結果、数字的にもキリのいい100本の赤いバラを贈ることに俺は決めたのだ。
──まぁこれほどまでに前向きに考えられるようになったのも、100本の赤いバラの花束を贈ろうと決めたことも、悔しいことに、全て兄貴からもらった『意中の彼女を落とす方法』の影響だ。そんな俺は、自分が思っていた以上に真に受けやすい体質なのかもしれない。
「それに、この制服スーツっぽいし、スーツにバラの花束って、ザ・紳士って感じがするしな」
「弘道……、おまえマジで変わったな」
「マジで?」
「おお、マジマジ。ちょっと、いや、だいぶ方向性間違ってる気はするけど」
俺たちはそんな会話をしながら学校へ向かう。
学校に着いたら、どんな風に優理花にバラの花束を渡そうか心のなかでシュミレーションをしていると、静かな朝に似つかわしくない声が耳に届く。
「だからやめてくださいって言ってるじゃないですか!」
聞き間違えるはずかない。この声は、優理花のものだ。
瞬時に声の聞こえた方を見ると、優理花が強面の二十代くらいの男の人に腕をつかまれていた。
「あれ、氷室じゃん。弘道、どうすんだよ」
隣で川瀬の呑気な声が聞こえるけど、どうするかなんて言われるまでもない。
「そんなの、放っておけるわけないだろ」
俺はそれだけ告げると、川瀬をおいて一目散に優理花のところへ走った。
そして、その男の前に割り込んで、優理花を背に隠すように立ちはだかる。
「あん? 何だ、おまえは」
男は、あからさまに俺に向かって迷惑そうに顔を歪める。
「優理花に手出してんじゃねぇよ」
「はぁ? 何だ、おまえ、まさかこの子の彼氏か?」
「別に彼氏じゃねぇけど」
「じゃあいいじゃん。俺はなぁ、今、この嬢ちゃんに用があるんだ。男には用はねぇんだよ」
男はあっちいけと言わんばかりに俺に向かってシッシッとしてくる。
「嫌だっつったら?」
「そんときは無理やり排除するまでだな」
男が突然俺の胸ぐらにつかみかかってきた。
俺の方へ拳を飛ばされ身の危険を感じた俺は、とっさにそのパンチをかわして、そいつの腹めがけて拳を飛ばした。
その場によろけて座った男を蹴り上げると、男は「覚えてろよ」と逃げていく。
「ケッ、覚える価値もねぇ」
俺が小さくなる情けない背中にそう吐き捨てるように言った直後、俺の背後からか細い声が聞こえて、思わず背筋が伸びた。
「……多田くん」
「あ……、俺……」
しまった、とそのとき、俺は自分の失態に気づいた。
紳士になったつもりでいた俺が暴力だなんて、きっと優理花に呆れられたに違いない。
けれど、優理花はこれまでのような冷たい雰囲気ではなく、地面に散らばっていた赤いバラの花を集めて俺に差し出す。
「助けてくれてありがとう。ごめんなさい、私のせいで。綺麗な花束を持ってたのに、台無しにしちゃったね」
バラの花束……。
「あああ……」
今のいざこざの間にすっかり忘れていたが、俺が今日のためにバイト代をつぎ込んで用意した100本の赤いバラの花束はいつの間に手を離れたのか、無様に地面に散らばっていた。
「本当にごめんなさい。どうしよう。これ、誰かにあげる予定だったのよね……?」
俺は、まだ花束の原型をとどめてくれているところに、散らばってしまったバラの花をさして、もとの100本の赤いバラの花束に戻す。形は不格好だけど、花びらが少しちぎれてしまったものもなかにはあるけど、残さず全てバラは拾ったから100本のはずだ。
形の崩れてしまった100本の赤いバラの花束を、申し訳なさそうに俺を見る優理花に差し出した。
「……ごめん、優理花にあげる予定だったんだ」
「……え?」
優理花は大きな瞳を丸くぱちりと開く。
「今日、誕生日だよね。だから、その、プレゼントのつもりだったんだ」
「私の誕生日、知ってたの?」
「まぁ……。俺、やっぱり優理花のこと、好きです」
優理花の驚いた顔が、またしても少し困ったように陰りを見せる。
俺がそんな顔をさせてるのはわかってるけど、そんな顔しないでよ。
「知ってた? バラって色や本数で花言葉が違うんだよ」
「……え?」
「100本の赤いバラの花言葉、知ってる?」
優理花は少し困惑したような表情を浮かべながら、小さく首を横にふる。
「赤いバラはあなたを愛してます、100本のバラは100%の愛をきみに。俺、マジで優理花に本気だから。俺、不良だったから、信じてもらえないのかもしれないけど」
今回も玉砕するのかもしれないし、自分でもびっくりするくらいに恥ずかしいことを言っている自覚はある。
けれど、そのくらい好きなんだ。
「俺、頑張るから。優理花の好きな紳士になれるように頑張るから。不良だったからって理由で俺を拒まないで。俺を、ちゃんと見て」
自分でも何を言ってんだって思う。少なくとも最近の俺は、本当にイタイ奴だ。
でも、それも、優理花に本気だからだ。
「ごめんなさい」
これまでも聞いたゴメンナサイを聞かされて、胸が痛む。
きっと何度言われても、言われ慣れないのだろう。
けど、俺は次に優理花の口から紡がれた言葉に耳を疑った。
「よく多田くんのこと知りもせずに、今までごめんなさい。とりあえずは、友達から……」
そう言って、優理花は彼女のパールピンクのスマホをカバンから取り出した。
それが連絡先を交換しようという意味だと気づいた俺は、危うくスマホを落としそうになりながらも、ポケットから取り出して操作する。
やっと俺は一歩優理花に近づけた。
俺は自分のスマホの画面に映る優理花の連絡先を見つめて、喜びを噛み締めたのだった。
*END*
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