【第一章】プロローグ

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【第一章】プロローグ

 僕の足元で、小学校低学年くらいの男の子が、座り込み泣きじゃくっている。  迷子――そう言った表現は、ある意味正しいのかも知れない。  この子は両親と、はぐれてしまったのだから。  しかし、ここには迷子センターも、警察もいやしない。  僕はホルダーから拳銃を抜き出し、その子供の額に銃口を向けた。  そして、躊躇することなくトリガーを引く。  パァン――。  乾いた音と共に、真っ赤な血しぶきが飛び散った。  この世界にいるのは、僕のような……人の心を捨てた殺人鬼だけだ。  僕は顔に付いた血を拭い、次の標的へと照準を合わせる。  僕は人を殺すことに、何も感じなくなっていた。  これはゲームだ……。  どうせもう一度……何度でも、生き返るのだから。  ――そう割り切って。            ◇ ◇ ◇  向かいの山の斜面に、米粒くらいの大きさで動くものがある。  僕は狙撃銃に付けた照準器――4倍サイトを覗き込んだ。  敵影2……。  こちらが高所を取っている。圧倒的に有利ポジだ。  初弾を外さなければ、負けることはまずない。  すぐさま、敵の頭に照準を合わせた。  距離は300メートルといった具合か? それならばと、銃弾が落下するのを考慮して少し上を狙う。  標的は東側に歩き始めた。進行方向に偏差射撃をする必要がある。  銃弾は僅かだが、飛んで行くのに時間が掛かる。  動いている的は、移動先を予測して狙わなければ当たらない。  僕は百戦錬磨の自分自身の腕を信じ、タイミングを合わせてトリガーを引いた。  ズドン――。  スナイパーライフルならではの、低く重厚な音と共に弾丸は発射された。  その反動で銃口が跳ね上がる。  弾丸は僅かに落下するものの、まっすぐに敵を目がけて飛んで行き、見事頭に命中した。  僕の銃弾をくらった敵は、まるで射的の景品のように地面に倒れこんだ。  ヘッドショット一発でダウンさせられると、気持ちの良いものだ。  しかし、一人殺ったくらいで喜んでいるのは素人。  僕はすぐさま次の的に、照準を合わせた。 「備里崎(びりざき)、備里崎はいないのか?」  あと一人倒せば優勝って時に、教師に呼ばれた。  僕はスマホを机の上において、渋々教壇に向かう。  教師から答案用紙を渡された。  右上には、下手くそな字で『備里崎 常輝(とき)』の文字。  そして、その横には赤い字で35と書かれている。  これが意味するものは何か!?  ……赤点だ。  勉強してないからな。  来年は高校受験。  入試に出るから勉強する――試験を突破するだけのために貴重な時間を費やし、必要の無い知識を植え付けられる。  はっきり言って、昔の人が何をしたかなんて覚えて、将来なんの役に立つというのだろうか?  分からないことはスマホで検索すれば出てくるし、複雑な計算式の答えなどパソコンに任せておけばいい。  文明は日々進化している。先人の功績を、もっと有効活用するべきだ。  だから僕は、毎日学校にいる時間を、別のことに――もっと有意義に使いたい。  席に戻ると、後ろの奴が答案用紙を覗き込んできた。 「ドンケツビリー、今日も赤点か?」  誰にでも好きじゃ無い奴はいるだろう。  僕にとって彼はそれだ。  からかいの発言になど、いちいち反応していられない。  僕は聞こえないふりをした。  この場に銃があったら、その頭を撃ち抜いてやるのに……。  答案用紙は二つ折りにして、机の中に突っ込んだ。  ビリーと言うのは、僕のあだ名だ。  名前が備里崎だから、小学校の頃から周りの奴らにこう呼ばれている。  机の上に出しっ放しだったスマホのゲーム画面には『2位 次は優勝狙えるさ』と表示されている。  あそこで席を立たなければ……1位になっていた。  学校の成績は振るわないが、ゲームではランキング上位に入っている。  少なくともこの学校には、ゲームで僕にかなう奴はいないだろう。  僕が思うに、将来役に立つのか分からない勉強に時間を費やすよりも、ゲームの練習や攻略をしていた方が有意義ではないだろうか。  例えば、マップの構造を把握することで裏取りができるようになるし、ボット相手にエイム練習することで撃ち合いに強くなる。  僕は、もっと実戦で役に立つことをしたいんだ!  こうしている時間すら、もったいない。  長かった勉労から解放され、ようやく終礼が終わった。  よし、さっさと家に帰ってゲームをしよう。  中身の入っていない鞄を肩に掛けて、校舎の階段を駆け下りた。  誰よりも早く、校舎を飛び出す。  自転車置き場に向かい、100台以上駐めてある自転車の中から、僕の愛車を探した。  自転車後部の荷物置きの部分に、目立つように黄色いテープを巻いているのですぐに分かった。  カゴに鞄を詰め込み、スタンドを外して自転車を引き出す。  ゴリゴリゴリ――。  嫌な感触がする。  タイヤを見ると、空気が完全に抜けていた。  最悪だ……パンクしている。  徒歩だと家まで一時間は掛かる。  自転車屋はどこだっただろうか?  いや、例えこのまま自転車屋に持って行っても、修理する金など持ち合わせていない。  親に金を貰ってから、明日修理に持って行くしか選択肢は無い。  仕方なく、愛車を学校の自転車置き場に置き去りにして、歩いて帰ることにした。  校門を出て、坂道を一人寂しく降りていく。  普段は自転車通学だが、徒歩でも移動速度には自信がある。  次々と生徒を追い抜いていく。  前方に、楽しそうにお喋りをしながら、手を繋いで下校するカップルがいる。  敵影2……。  僕は右手で拳銃の形を作り、親指のアイアンサイトを覗き込む。  パァン――。  見えない弾丸を発射し、男の頭を撃ち抜いた。  ふん、別に羨ましくない。  僕もいつもは、愛車と両手を繋ぎながらラブラブ登下校をしているのだから。  ……今日は彼女の気分が優れなかっただけだ。 「ねぇ、まってよー」  180度後方から声がする。  よく通る可愛らしいこの声は、はたして僕に向けられたものだろうか?  それとも、新たな敵だろうか?  一応振り向いてみると、男子中学生が自転車で坂道を駆け下りてきていた。 「よかったー、一緒に帰ろうと思っていたのに、気づいたら教室にいないんだもん」  さりげなく、僕の腕を握るスキンシップは、悪くないと思う。  思わず、手を握り返してしまいそうになった。  彼は、(あおい) 流架(るか)。  家が近いので、小学校の頃から一緒に遊んでいる。  一人しかいない友人のひとり(・・・)だ。  ルカは黒髪で、背は僕より少し低い。  見た目はジャニ系を通り越し、女の子みたいに可愛らしいので女子にも人気がある。  そして、その可愛さのあまり、一部の男子にも人気がある……と言った具合だ。  彼女に……いや、彼に顔を近づけると、シャンプーの匂いなのか良い香りがする。  会話しているだけでも、なんかドキドキしてくる。 「自転車どうしたの?」 「どうも今日は機嫌が良くないらしくて、パンク中……」 「それなら、後ろ乗ってよー」  助かった……。  正直、家に帰るためだけに、一時間も無駄な時間を費やしたくない。  僕はルカの自転車の後ろに跨がった。  お尻の骨が、自転車の荷物置きの鉄の部分に当たって痛い。  自転車メーカーよ、いい加減二人乗り用に、サドルを二個付けてもよかろうに。  どうしてどの自転車も、鉄の椅子しか付いていないのか……。  ルカは自転車を漕ぎだしたが、中々前に進まない。  それどころか、バランスが取れずに転倒してまった。 「ダメだー……ビリー、代わってー」  僕はルカと代わって前に乗る。  はぁ……サドルが優しく僕のお尻を包み込んでくれる。  自転車の二人乗りは、バランスをとるのが難しい。  坂道を勢いよく走り出したものの、左右に蛇行してしまう。  ルカは僕の腰にしがみついてきた。  僕の背中に、ルカの頭の感触がする。  僕は緊張のあまり、唾を飲み込んだ。 「重心が近い方が、バランス取りやすいでしょう?」  確かに、この方が安定する。  だから、密着してきたのか……他意は無いのだな? 「ねぇ、ビリーは好きな人いるの?」  唐突な恋の質問に動揺して、ガードレールにぶつかりそうになってしまった。 「うわあぁぁぁっ! ちゃんと、運転してよー」 「ごめん……」  女子とは普段話しもしないし、誰が好きかなんて真剣に考えたことはなかった。  好きな人……強いて言えば……。  いや、よそう。  同じ質問をルカに返してみた。  質問をしてくると言うことは、大抵自分が答えたいことがある場合だ。 「ぼくの好きな人はねぇ……えへへ、内緒」  ――なんだよそれ。  それっきり、この話題は終了した。  僕が運転する自転車は、寂れた商店街を進んで行く。 「一緒に帰るの、久しぶりだよね」  僕が帰宅に汗を流している時に、ルカはいつも水泳に打ち込んでいるので帰宅時間は合わない。 「今日は部活休み?」 「うん、プール清掃で、休みになったんだ」 「毎日プールに無料で入れて、羨ましいな」 「それなら、ビリーも水泳部に入ろうよ」 「折角のお誘いだけど遠慮しておく。僕には『家でだらだらゲーム部』の方がお似合いだから」 「ぼくは少しでも、ビリーと一緒にいたいのになぁ」  そ、それは、どういう意味で言ったのだろうか? 「ねぇ、これからどこかいかない?」 「こんな田舎町、遊ぶ場所なんてないだろう?」  商店街にあるカラオケ屋はスナックで、僕達が入れる広場や鉄人は存在しない。  遊ぶ場所といったら、大人達がお酒を嗜む場所か、老人達が鉄の玉を弾きながら世間話をするホールしか無い。 「大人の遊びはあるのに、なんで子供の遊ぶ場所が無いんだろう? 選挙権の無い者には人権は無いと言うこと!?」 「はははっ 僕たち学生の本分は、勉強だからねー」  この町は、別に寂れているって訳じゃ無い。かといって、発展している訳でも無い。  市街地には家や商店が密集していて、町中を巡回するバスも通っている。  けれど、電車は線路一本すら通っていないので、隣町に行くには車が必要である。  一家に一台、持ち合わせているのは当たり前で、金持ちの家なんかは、一人一台所有している所もある。  僕も高校に入ったら原付免許を取るつもりだが、今の所は6段変速ギアのママチャリが愛車となっている。  今日はそいつの機嫌が悪かった訳だが……。  でもそのおかけで、ルカと一緒に帰ることができたので、悪いことばかりでは無いな――。 「公園でブランコに乗っても、すぐ飽きそうだし……どうする?」 「んー、じゃあ付き合ってくんない? いいかなぁ?」  なぜ遊ぶ話から、突然の告白に繋がるのか?  展開が唐突すぎて、理解が追いつかない。  もしや、こ……これが、サプライズ告白ってやつ?  今、付き合っている人なんていないから、別に断る理由なんてないけど……。  僕達、男同士だし――。  でも、ルカ可愛いから、女子みたいなもんかな。  しかし、クラスの奴らがなんて思うか。  ルカは女子に人気があるし、男子にも好きな奴がいるはずだ!  まぁ、でもそれは内緒にすればいいか。  僕が好きな人と言えば……ルカくらいだし。  というか、ルカが好きだ!  僕は、ルカの顔を見つめた。 「……いいよ」  少し照れながら、そう返事をした。 「本当? ありがとう。それならお宮さん、付き合ってよ!」  どうして恋愛の話からオミヤサン? の話になるのかが理解ができなかった。 「どうしたの?」  唖然として黙っていたら、ルカが聞き返してきた。 「お宮さんに行きたいんだけど、いいかなぁ?」  付き合うって……ああ、そっちの意味か……日本語ムヅカシイデスネー。  僕は落胆して、大きくため息をついた。  もしルカが女だったら、僕から告白をしていたのに。  僕はブレーキを掛けて自転車を止めた。 「どうしたの?」  ルカは不思議そうな顔で僕を見つめる。  僕は後部座席に座るルカの身体検査をした。 「ちょっと、どこさわってんのー!」  ――やはり男だった。  残念……。  でも安心した……女子だったらセクハラになるところだった。  僕はお宮の入り口に自転車を止めた。  鳥居をくぐると、目の前には名物百八十八段の階段がそびえ立つ。  説明しよう、名物百八十八段の階段とは――。  境内は山の中腹にあり、その階段を登らなければ辿り着くことはできない。  その階段を見上げただけで心が折れ、引き返してしまう人が後を絶たない。  登り始めたら最後、途中で足が動かなくなり、進むも地獄、退くも地獄が待っている。  ここを練習場所に使っている脳筋な体育会系の部活もあるそうだ。  僕は気安く『いいよ』なんて、返事をするんじゃなかった――と後悔する。  帰宅部の僕にとって、お宮の長い階段は堪えられない。  最初は軽快に登っていったが、二十段目あたりから、太股に疲労が溜まり痛み出した。  四十段目あたりからは、完全に動かなくなった。  学校にしろ神社にしろ、昔の人はどうしてこうも、高い場所に建てたがるのだろうか?  見上げると、ルカは既に登り切るところまで進んでいた。  ……僕はまだ半分以上もある。 「はやくー、置いてくよー」  ルカに遅れること10分、ようやく山頂に辿り着いた。 「もぅ、待ちくたびれちゃったよー」  僕は膝に両手をついて、乱れた呼吸を整えた。  ワイシャツは、汗でびっしょりになってしまった。  お宮の縁側に腰を下ろして、ガクガク震える脚を休ませることにした。  ワイシャツの襟を掴んで、扇いで肌に風を送り込む。 「そんなとこに座ったら、罰当たるよー?」 「大丈夫、前にお婆ちゃんが座っている所を見たことがある。そのお婆ちゃんは、今もご健在だ」 「それって、ビリーの体力、お婆ちゃんと一緒ってことだよー?」  ――ほっとけ。  カラン、カラン――。  ルカはお賽銭を放り、鈴を鳴らした。 「パンパンお辞儀パンパンだっけ?」 「いや知らないよ。とりあえずお辞儀しとけば、いいんじゃないかと――」 「んもー、適当にやって、願いごと聞いてくれなかったらどうすんの?」  ルカは柏手を打って、お祈りを始めた。 「県大会優勝できますように……」 「そうか、ルカは大会の代表に選ばれたんだっけ?」  彼は、しっかり目標を持って日々努力している。  それに比べると僕は……目標もなく、家と学校を往復する毎日か……。 「ビリーは、何をお願いするの?」  そうだね……僕が願うとしたら――。  今の退屈な日常からおさらばしたい。  ゲームのような刺激的で、面白い世界に行きたい。 「神様は、僕の願いも叶えてくれると思う?」 「ビリーの思いが強ければ、神様に届くと思うよ」 「そうだね……」  ガラン、ガラン――。  僕は神様によーく聞こえるように、鈴を大きく鳴らした。  パン、パン――。 、力強く手を叩く。  そして……、大声で叫んだ。 「異世界に行きてー!」 「あはは、なにそれ?」  ルカはお腹を抱えて笑っている。  恥ずかしい……。  言わなきゃ良かったと後悔した。  すると、それまで大声で鳴いていた蝉達が突然鳴きやみ、あたりは静けさに包まれた。  蝉にまでバカにされた……。  すると次の瞬間、僕を中心に光が溢れ出した。 「え!? なにこの光?」  僕を包み込む光は徐々に広がっていく。  やがて光は柱となり、遙か上空まで伸びていった。  眩しくて目を開けていられない――。  どこかの国が攻撃してきたのだろうか?  そんなこと、ニュースで言っていなかったはず。  違うとしたら、宇宙人によって連れ去られる?  それだけはいやだ! 「やめろー! 人体実験はいやだーっ」  逃げなきゃ……。  あわてて光から逃れようとするが、体が一切動かない。  動けー! 動いてくれ!  脳で命令しても、体が反応しない。  そして、急激な睡魔が襲ってくる。  まるで朝までゲームをして、寝落ちする時のように。  あぁ……気持ちがいい……。  水中?  いや、重力が無くなり、空に浮いているような感覚だ。  視界は真っ白になり、静寂と安らぎが広がって行く。  母親の胎内にいる時は、こんな感覚だったのだろうか?  やがて、意識が遠のいていった。 ---------- はたして、光に包まれたビリーの運命やいかに!? ⇒ 次話につづく!
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