第一話 殺し合う世界

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第一話 殺し合う世界

 僕を包んでいた光が、まるでシャボン玉のように弾け飛んだ。  木々が風に揺れる音、動物の遠吠えが聞こえてくる。  眩んでいた目も徐々に慣れ初め、視界が開けてきた。  見渡すと、辺りには背の高い木々が立ち並んでいる。  そこには、神社も……ルカの姿も……無かった。  僕は一人、森の中にいた。  ここはどこだろう?  あの光に包まれ、別の場所に飛ばされたのか?  すぐにポケットからスマホを取り出した。  地図アプリを起動すると『電波状況とネットワーク設定を確認してください』と表示された。  だめだ……圏外のようだ。  時間は15時50分と表示されている。  神社で参拝していた時刻と、時間のずれは無いようだ。  しかし、この時間にしては辺りは薄暗い。  うっすらと立ち込めた霧が、不気味さをかもしだしている。  これ以上暗くなる前に、この森から抜け出したい。  僕は歩き出した。  森の中に、道らしき道など無かった。  方角も分からないまま、ただ闇雲に進んで行った。  暫く歩くと、人の姿を発見した。  僕よりも少し年上の男性だ。  その人は、木の陰に腰を下ろしている。  初めての土地だ。森の中を闇雲に進むよりも、誰かに道を聞いた方が良い。  声を掛けようと思って近づいて行った。  すると、その人は振り返り、僕に驚いたようで尻餅をついた。  別に脅かすつもりは無かった。もっと遠くから、声をかけるべきだったと反省する。  僕が話掛ける間もなく、その人は逃げるように走り去ってしまった。  まるで、何かに怯えるような雰囲気だった。  僕の後ろに誰かいるんじゃないかと思って、振り返って見たが誰もいない。  あの人はこんな森の中で、いったい何をしていたのだろうか?  僕の顔を見て逃げて行ったってことは、何かよからぬことをしていた?  だから、僕に見られて慌てて逃げ出したのか?  それにしても、人に出会えたのは幸運だった。  近くに人の住む場所がある可能性が高い。  僕は、男性が走り去った方向に歩を進めた。 「うわあぁぁぁぁぁっ」  暫く進むと、前方から叫び声が聞こえてきた。  その声が余りにも鬼気迫るものだったから、驚いて心臓が止まりそうになった。  先程の人だろうか?  僕は気になって、声のする方向に駆け出した。  100メートル程先に、二人の男の姿が見えてきた。  なにやら、話をしているのがわかる。 「待て、やめろー……た、助けてくれ」  いや、揉めているんだ!  僕は少し手前で立ち止まった。  そして、見つからないように、木々の間から様子を伺う。  一人は腰を落とし、もう一人はその前に立っている。  これは、普通じゃ無い――僕はすぐにそう感じた。  腰を下ろしている男の衣服が、血で真っ赤に染まっていたからだ。  立っている男の手には、ナイフが握られている。  おいおい、冗談じゃないぞ!  とんでもない場面に遭遇してしまった。  この状況……大声をあげるべきだろうか?  しかし、ここは森の中、周りに人がいる気配はない。  もし仮に大声をあげたところで、誰かが駆けつけるとは到底思えない。  ならば……ばれないように、逃げ出すのが得策か?  こんなシチュエーションに出会したことがないので、色々考えてしまい、すぐに決断できないでいた。  この場合、早めに逃げ出すべきだったのだ。  気になって、見続けてしまったのが失敗した。  目の前の状況は変化した。  立ってる男は、もう一人の男の腹にナイフを突き刺した。 「うわあぁぁぁぁっ」  悲痛な叫びが木霊する。  これはもう、逃げるしかない!  巻き添えはごめんだ。  僕はすぐに背を向け、駆けだした。  しかし、急いで逃げようとしたのが失敗だった。  バキバキ――。  木々の枝をかき分ける音が、想像以上に大きく鳴ってしまう。  恐る恐る振り返ると、ナイフを持った男と目が合ってしまった。  殺される――そんな恐怖の言葉が僕の脳裏をよぎった。  そう思うと足がすくんで動けなくなった。  逃げなきゃいけないのに、どうして足がすくむんだ!  その男は僕に向かって手を振った。  いや違う!  何かを投げつけたんだ。  それは、まるでダーツの矢のように、まっすぐに僕の顔目がけて飛んできた。  あぶない――!  慌てて顔を伏せた。  カツン――。  見上げると、木の幹にナイフが深々と突き刺さっている。  ばかな……100メートル位は距離があった。それをまるで重力を無視しているかのようにまっすぐ飛んできたんだ。  とても常識では考えられなかった。  再び男の方に目を向けると、へらへらと薄ら笑いを浮かべながら、こちらに向かってゆっくりと歩いてきている。  男は、服の隙間からナイフを取り出した。  また投げるつもりだ――。  そう思った僕は、男に背を向け一目散でその場から逃げ出した。  まずい……、まずい……、まずい!  振り返ると逃げるのが遅くなるので、前しか見ずにひたすら走った。  まっすぐに逃げるのでは無く、木々の間を縫ってジグザクに走った。  そうすることで、ナイフの狙いを定めさせなくできる  敵に背を向けて逃げるのは愚策だけど、ただ怖かった。  木の擦れる音で、後ろから追ってくるのが分かった。  やばいぞ、追いつかれる!  全速力で走ったためか、一分も立たない内に息が上がってきた。  脚が、鋼鉄のように重く感じる。  こんなことなら、体育の授業一生懸命やって、スタミナつけておけば良かった。  体育の授業は、決して無駄なんかじゃなかった。  まっすぐ逃げても、いずれ追いつかれる。  だから、右や左に進む方向を変えながら走った。  もう何分間、走り続けただろうか?  呼吸が荒くなる。  お腹が痛い……手で押さえつけて我慢する。  ここで足を止めるわけにはいかない。  しかし、走ると言うより、殆ど歩いている速度と変わらなかった。  どれくらい離せたか、気になって後ろを振り返った。  僅かに木の擦れる音はするが、姿は見えない。  だが、安心してはいられない。  見つかったら、僕も殺されてしまう……。  僕は、再び走り出した。  やがて、丘の上に小さな小屋が見えてきた。  家にしては小さすぎるので、恐らく物置だろう。  無闇に逃げ回るよりも、じっとしている方が得策かも知れない。  それに……正直、これ以上走り続けるには体力が限界だ。  少し休みたい。  僕は小屋の前まできて、辺りを見渡した。  男の姿は見えない……。  まだ近くまできていないようだ。  今のうちにと思い、扉のノブに手を掛けた。  ガチャリ――。  扉に鍵は掛かっていなかった。  木の扉を開いて急いで中に入った。 「キャッ!」  目の前で女性の悲鳴が聞こえた。 「うわぁっ」  僕も驚いて、思わず声を出してしまった。  見ると、僕と同い年くらいの少女が、狭い小屋の中で腰を下ろしていた。 「ご、ごめん……」  なんか悪いことをしたみたいで、つい謝ってしまった。  ここが彼女の家? そんなはずは無いだろうし……。  こんな狭い小屋の中で、いったい何をしているのだろうか?  この子も、隠れていたのだろうか?  驚いていた彼女の顔は、僕の顔を見て、すぐに笑顔に変わった。 「よかった……。どうやら、お仲間のようですね」  少女はそう言って、胸のネックレスを手に取り、安堵のため息をついている。 「仲間同士が近くにいると、お互いのドッグタグが共鳴し合うんです」  リーン――。  僕の胸元から、僅かに音がする。  はだけたワイシャツの襟元を見ると、いつの間にか兵士が付けるペンダント――ドッグタグが付けられていた。  状況が掴めず、どうしたものかと立ち尽くしていたが、草をかき分ける音が聞こえてきたので、扉を閉めて小屋の中に入ることにした。  小屋の中は埃臭かった。  一つしかない小さな格子上の窓から、僅かに光が入っている。  息もあがり、脚も震えて、立っていられる状態でなかったので、腰を下ろした。  農作業の道具がひしめき合って、二人並んで腰掛けるのがやっとのスペースしかない。  少女と向かい合って座っていたが、目が合ってしまい、気まずさから扉の方を見ることにした。  耳を澄ますと、草をかき分ける音が、だんだんと近づいてくるのが分かった。 「わたし……また殺されてしまうのでしょうか……」  少女が僕の後ろで、小さく口を開いた。  おかしなことを言う子だと思った。  また――と言うことは、既に一度殺されているという言い方だ。  少女は僕の腕を握り、隠れるように背中に頭を寄せてきた。  震えているのがわかる。  僕は息を殺して、殺人の男がいなくなるのを待った。  僕の心臓の音が、ドクドクと脈打つのが聞こえてくる。  ここで見つかったら、もう逃げ場はない……。  この緊張感は、子供の頃のかくれんぼ以来だろうか?  いや、これまでの人生において、これ以上の緊張は無いだろう。  時間にして、僅か5分程だったかも知れない。  しかし、それが永遠に感じた。  やがて、草の音が小さくなっていった。 「もう、大丈夫そうだね」  僕が声を掛けると、少女は姿勢を正して挨拶をしてきた。 「わたしの名前は、アーデルハイト……いえ、ハイジって呼んで下さい。よろしくおねがいします」  よろしく――とはどういった意味で言ったのだろうか?  先程から、彼女の言動は気になることばかりだ。  ひとまず、僕も自分の名前を名乗った。 「僕は、備里崎 常輝……」 「ビリザ・・・・・・」  少女は呼びづらそうにしていた。 「ビリーでいいよ、みんなそう呼んでるし」 「はい。ビリーさん」  さん付けで呼ばれたのは初めてだ。  ……そもそも、女の子に名前を呼ばれた記憶が無い。  クラスの女子からは『あんた』とか、『ねぇ、ちょっと』とか、『あのさー』などの略称で呼ばれている。  中二になって四ヶ月が経とうとしているのに、、まだ名前覚えられていないんじゃ無いかって、少し不安になった。  それにしても、この子はクラスの女子とは少し違う。  目の前の少女、ハイジは日本人では無かった。  顔は小さくて、どこかヨーロッパ系の見た目をしている。  胸はそこそこだが、まるで天使のようで、見ているだけで癒やされる。  プルッとした、やわらかそうな唇は、おもわず触ってしまいそうになる。  きっとアイドルになる女の子は、この子のようにオーラというか、ほかの人と別格の何かを持っているのだろう。  片親が外国人の、日本生まれだろうか?  日本語が少しおかしいのは、そのせいだろう。 「ここは……どこ?」  なんだか、まぬけな質問をしてしまった。 「初めての方だったんですね……」  ハイジは少し言葉を詰まらせてから続けた。 「ここは……デスロンド。人と人が殺し合う……悲しみの世界です」  そういった彼女の表情はとても悲しそうだった。 「殺し合う世界? 僕はどこか戦闘区域の外国に飛ばされてしまったのだろうか?」  ハイジは首を横に振った。 「いいえ、ビリーさんが元いた世界とは、別の世界です」  別の世界……。  僕は、異世界にきてしまった……ということか。  神社で祈ったから――願いが叶った?  あの光で僕は異世界に召喚されたのか? 「いったい誰が……僕を召喚したの?」 「それは、わたしにも分かりません。わたしも別の世界からここに飛ばされました」 「そうなんだ……」  それにもう一つ気になることがある。 「殺し合う世界って……どういうこと?」  先程、殺人現場を見てしまったけど……。  僕はハイジに詰め寄った。 「文字通りです……ほかの人を殺さなくてはなりません」 「意味がわかんないよ……」 「でも安心してください、本当に死ぬわけじゃありません。死んだ者は何度でも生き返ります」  ゲームで言うところのリスポーンできるってことか?  ハイジは、地面を見つめたまま言葉を続けた。 「でもわたし、人殺しなんてできないから……。すぐに殺されて、また生き返って――それを繰り返しています」  聞きたいことは山ほどあった。  なぜ殺し合わないとならないのか?  そして、元の世界に戻る方法はあるのか?  質問しようと、口を開きかけたその時、再び草をかき分ける音が聞こえてきた。  ガサッ、ガサッ――。  躊躇無く、僕達の隠れる小屋の方に向かってくる。  そして、その音は、扉の前で止まった。  しまった! ここに隠れているのがばれた……。  倉庫の出入り口は一箇所しかない……。  万事休すだ――。  僕の心臓は、激しく脈打ち始めた。  どうする? どうする?  考えたが、すぐに答えが出てこない。  やがて、扉がゆっくり開かれ、光が差し込んでくる。 「みーつけた……」  そんなセリフと共に、男はゆっくりと入ってきた。 ---------- 目の前にはナイフの男! ビリーとハイジの運命は!? ⇒ 次話につづく!
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