第二話 生きるために

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第二話 生きるために

 僕は異世界に飛ばされた。  しかし、そこはファンタジー世界などではなく、人と人が殺し合う世界だった。  同じように別世界からきた少女ハイジと共に倉庫に隠れていたが、男に見つかってしまう。  倉庫に入ってきた男の手には、ナイフが握られている。  それが光に反射して、ギラリと光った。  もう、覚悟を決めて戦うしかない。  僕は急いで倉庫の中から、武器になりそうなものを探した。  しかし、箒くらいしか見当たらない。  仕方なく、それを手に取り身構えた。  けれど、どうしたことだろうか? 男は一向に襲いかかってくる気配がない。  ただ、僕とハイジを見下ろして、ニヤニヤ笑みを浮かべているだけだった。  だが……それが、いっそう不気味に思えた。  リーン――。  緊迫した空気を打ち破ったのは、ドッグタグの音だった。  僕とハイジと、目の前に立つ男のドッグタグが共鳴し合っている。  音楽の授業で使った音叉のように、音が振動している。  ナイフを持った男は、高笑いをしながら口を開いた。 「なんだよ、怖い顔して? 安心しろ……なかま(・・・)だよ」  扉の前に立っているのは、僕と同い年か一つくらい年下の少年だった。  さっき、人を刺していた男とは別人だ。  張り詰めた緊張が、一気にほぐれた。  僕は箒を放して、腰を下ろした。  その少年は、狭い小屋の中に入ってくると自己紹介を始めた。 「よぉ、俺の名前はペーロ」  そして、馴れ馴れしく僕とハイジの肩を組んでくる。 「コードネームは『ジャッカル』だ。コードネームで呼んでくれ」  彼――ジャッカルは、僕とは違って、グイグイくるタイプのようだ。 「わたしはハイジです。よろしくお願いします、ペーロさん」  ハイジは天然なのか、人の話を聞いていないのか分からないが、コードネームで呼ぶ気は無いらしい。  唖然とするジャッカル――もといペーロを、彼女は何事も無かったかのように、笑顔で見つめている。 「僕はビリーだ、よろしく……ジャ……ペーロ」  僕も、ペーロと呼ぶことにした。  ペーロは暫くマネキンのように固まっていた。  ごめん、ペーロ……僕はジャッカルって呼んでも良かったんだけど、ハイジがペーロって呼んでいるのに、僕がその……コードネームで呼ぶのもあれかなぁと思って……。  その後ペーロは、何も言ってこないので、ジャッカルと呼ばれることは諦めたのだろう。 「仲間の所に合流するぞ!」  ペーロはそう言って、小屋の外に出た。  現状が掴めないままだが、まずは、いち早く安全な場所に移動したい。  この少年ペーロが、何者なのかは分からないが、仲間と言っていることだし、一緒について行っても問題無いだろう。  ほかにあてがあるわけでも無いし。  ハイジも、行動を共にすることに同意したようだ。  僕はペーロの後に続いて、森の中を進んで行く。  歩きながら二人に質問した。 「殺し合うって、そんなことして許されるの? 警察は?」  その質問には、ペーロが答えた。 「警察なんかいないよ。許すも許されるも、殺らなきゃこっちが殺られる……」  法律なんて無い無秩序の世界……力が治めるの世界なのだろうか? 「確かこっちの方だった気が……」  何度も同じ所をグルグル回っているような気がする。 「別に迷ってねーぞ、間違い無くこの先に家がある」  僕は何も言っていないのに、一人でしゃべりだした。  ペーロの目は泳いでいて、視点が定まったいなかった。  こいつ、迷ったな……僕は心の中でそう呟いた。  やがて、目の前に小屋が見えてきた。 「見ろあったぞ、あそこが仲間のいる拠点だ!」  ペーロは自信満々に、そう言った。  しかし、目の前にある小屋は、僕にも見覚えがある。  ハイジを見ると、困った表情を浮かべていた。  それもそのはず、ペーロが自信満々に指差す小屋は、僕達がさっき隠れていた場所だ。  こいつは、もうあてにならないと確信した。  僕の目の前で、ペーロが突然腰を落とした。  何事かと見てみると、かがめと手で合図をしている。  その表情に緊張が見えたので、僕も慌てて身を低くした。  ハイジも僕の後ろで、すぐに腰を下ろした。  ペーロは、声を出さずに口だけを動かして、小屋の方を指差した。  小屋の影に……誰かいる!  さっきの殺人の男だ……。  まだ僕達を、探しているようだった。  ペーロが近寄ってきて、小声で喋る。 「相手は一人だ……。まだ仲間と合流していないみたいだな」  ペーロの言うとおり、周りをみても、あの男以外、人の姿は見当たらない。 「見たところ奴も、俺と同じようにナイフを扱うようだな。近距離特化型か……それならば、近づかれさえしなければやられることはない」 「いや、違うと思う」  僕は反論した。 「ものすごい遠くからナイフを投げてきたんだ。まるでダーツの矢のようにまっすぐ飛んできた」 「ふむふむ、中距離タイプとすると、下手に距離をとるとまずいな」  ペーロは顎に指をあてて考えている。 「ならば、こちらにも分があるというものだ」  ペーロは腰からナイフを取り出し、その刃を僕に見せびらかせた。 「お前に、戦いの極意を教えてやるよ」  僕は黙って、彼の言葉を聞いた。 「秘訣は……、敵に見つからずに、コチラが先に見つけて先手を取ることだ。それに、人数的にこっちが有利だ。今のうちに殺ってしまおうぜ!」  彼の言葉には説得力を感じた。  その発言から、彼が戦い慣れしていることが分かる。  僕と同い年くらいなのに、何度もこう言った危険な状況を経験し、そして、殺し合いに勝ってきたのだろう。 「お前殺しの経験は?」  ペーロが僕に問い掛けた。  生きている間に、そんな質問をされるとは思わなかった。 「あ、あるわけ……ないだろう」  僕の答えに、ペーロは目を閉じ、腕を組み頷いていた。 「そうか……」  この男はこれまでに、一体どれ程の人の命を奪ってきたというのだろうか?  彼は、僕の目を見て、自信満々にこう言った。 「俺もだ……俺もない!」  自分は殺しの経験がありそうな聞き方だったので、完全に誤解していた。  こいつは……素人だ! 「俺とお前で殺るぞ」  彼の言ったその言葉は意外だった……。  てっきり、ペーロ一人で殺るのかと思っていたから。 「ぼ、僕も……やらなきゃならないのか?」  僕のそんな言葉に、ペーロは呆れた表情を浮かべた。 「当たり前だろう!? 折角人数有利なのに、わざわざ一対一で戦う奴があるか?」  確かにそうだが、無理に危険を冒してまで戦う必要はあるのだろうか?  それに、殺すまでしなくても、身動きできないように拘束するだけでも、良いのではなかろうか? 「殺らなきゃ、殺られるだけだ。二つに一つ。それに……とっておきがある!」  そう言った彼の目は、輝いていた。  自身に満ちあふれていた。 「奴が投げナイフを得意とするように、俺にも特技がある」 「特技?」 「あぁ……アビリティだ」  アビリティ――というと、ゲームではキャラが持つ能力的な意味だが、この世界にも存在するのか? 「俺のアビリティは暗殺に向いているんだ。静かなる接近者(サイレントウォーク)――そう名付けたが、足音を立てずに忍び寄ることができる」  暗殺の……アビリティ……?。  ここが日本だったら、イマジネーションが豊富な奴――と思って笑い過ごせるが、この世界では冗談には聞こえない。 「そして、後ろから音も無く近づいて……このナイフで首をかっ切る」  ペーロは、ナイフを逆手に持ち替え、首の前でかっ切る仕草をした。  それが、凄く様になっていた。  これが本当なら、凄い技術だ。 「お前武器は?」  ナイフを携帯する趣味は無かったので、武器と呼べる物は何も持っていなかった。 「さっきの箒くらいかな?」 「箒で戦えるか? アホか!?」  いや、分かってて言ってるから――武器を持っていないことを言いたかっただけなのに、そんな本気になってアホ呼ばわりしなくても……。  ペーロは呆れた様子で、顔の前で手を振っている。 「なら、まずはお前が飛び出して、ヤツの注意を引け! その隙に、俺が後ろから忍び寄る」  僕は、その作戦に異論を唱えた。 「囮なんて役割、リスクが高すぎる」 「安心しろ、俺がしっかり仕留める」  ペーロは、僕の肩の叩いてきた。  その表情は、自信に満ち溢れていた。 「ここは、俺を信じるしか無い!」  信じるしか無いって、神様も信じないのに、どうして初めて会った人を信じられようか?  僕はハイジの意見も聞こうと思って、振り返った。 「大丈夫です。きっと上手く行きます」  ハイジは笑顔で、僕の手を握りしめてくれた。  え……?  この子は、何を根拠に大丈夫だと言っているのだろうか?  今の作戦を本当に聞いていたか不安になった。  それにしても、女の子の手を触るのなんて、初めてだった。  柔らかい感触が、僕の手に伝わってくる。  学校では、ルカ以外の女子と会話すらしたことがない。  いや……違う。  そう言えば、ルカは男だった……物的証拠も押さえている。  僕とハイジが手を握っているのを見て、ペーロもハイジの前に手を差し出した。 「ペーロさんも頑張って下さい」  ハイジは、僕の手を握ったままで、ペーロの手を握ることはなかった。  僕はペーロの腕を完全に信用していた訳では無いが、ハイジの前で、あまり女々しいことは言いたくなかった。  だから、ここで囮になる方が男らしく思えた。 「わかった……ペーロ、任せたよ」 「おう、そうこなくっちゃな!」  僕がペーロの作戦に同意することで、作戦は開始された。  僕は腰をできるだけ低くし、音を立てないようにして、小屋の前にいる男に近づいて行った。  ハイジとペーロは、草の影に隠れている。  僕は小屋の後ろ側を通り、反対側に回り込んだ。  小屋の角を曲がって覗き込むと、丁度男も僕の方を向いていた。  気づかれた――。  しかし……これでいい。  僕の役目は陽動だから……。  僕が男の注意を引いている間に、ペーロが後ろから攻撃を仕掛ける作戦だ。  足が震える……。  恐怖で、走って逃げ出したい衝動に駆られる。  だが、ここで走って逃げてしまうと、ペーロが追いつけなくなってしまう。  だから、ゆっくりと後ずさる。  額とわきは、汗でぐっしょりと濡れている。  目の前の男は、歯をむき出しにして、ゆっくりと近づいてきた。  男が胸の前で握りしめているナイフを見ると、血で汚れていた。  さっき殺した……男の血。  僕も殺されてしまうのか――そう考えると足がすくんでしまった。  もう走って逃げるのは無理だろう。  僕と男の距離が、徐々に縮まってくる。  男の目は充血し、鼻息が荒い。  口を半開きにして、白い歯を噛みしめている。  だいぶ興奮している……殺意が伝わってくる。 「どうした? 怖いか?」  男は自分の顔の横で、ナイフをくるくると回している。  男には余裕があった。  まるで、獲物を追い詰めた獣のように。走ること無くゆっくりと近づいてくる。  それは、もう僕に逃げる術がないことを知っているからだろう。  僕が刃向かってくるなんてことは、これっぽっちも考えていないからだろう。  事実、僕の両手には何も握られていない。  獣にたてつく牙もなく、かといって逃げのびる足があるわけでもないのだから。  僕にできることといったら、男が右手に持つナイフを見つめることだけだった。  そのナイフがいつ襲い掛かってくるか、必死に見ることくらいだった。  しかし、そんな不安もすぐに解決した。  男は素速く右手を振ると、ナイフは僕の顔目がけて飛んできた。  余りにも一瞬だった。  飛んできたナイフは、僕の顔の真横を通過した。  身動きすることができなかった。  いや、逆に動いていたら顔に刺さっていただろう。  振り返ると、ナイフは後ろの木に突き刺さっている。  ケタケタと笑い声が聞こえてくる。  男は僕の目の前で、腹を抱えて高笑いをあげていた。 「ははは、びびってやんの」  わざと外したのか。  男は、口をにやつかせながら、腰のポーチからもう一本ナイフを取り出した。  いったい、何本持っているんだよ、こいつ……。  血で汚れたナイフは、再び僕の目の前まで迫ってきていた。  それなのに……一向に、ペーロが攻撃を仕掛ける様子が無い。  ばれたらいけないと思って、ペーロ達が隠れている方を見ないようにしていたが……そろそろ限界だ。  ペーロの方に目線を向けた。  見るとペーロは、元いた場所から動いていなかった。  僕がこんな状況なのに、いったい何をやっているんだ!?  ペーロに目で合図をすると、彼は屈んだまま、頭の上で両手でバツ印を作った。  そして、そのまま蹲って僕の視界から消えた。  ど、どういうことだ!?  ハイジは、彼の隣で不安な表情を見せている。  まさか……裏切られた?  僕を囮にして、逃げるつもりか?  うそだろう?  ペーロを信用した僕がバカだった。  初めて会った男を、簡単に信用した僕が間違っていた。  そうしている間にも、男は近づいてくる。  後ろ向きに後ずさりしていた僕の足が、何かに当たった。  振り返ると、高い崖がそびえ立っている。  これで……完全に、逃げ場を失った。  僕は立ち止まり、男を見上げた。  その男のナイフを握る手は、震えていた。  後ろは崖、逃げ道はない。  左右に避けて逃げるしかない。  目の前の男は動き出した。  狂気とも言える叫び声を発しながら、ナイフを振りかぶり、走り込んできた。  左右に避ければ、まだかわせる可能性はあった。  しかし、僕はとっさに頭を守るように手を上げ、無意識に目を瞑ってしまった。  ビチャッ――。  生暖かい液体が、僕の顔に飛び散った。 ---------- ナイフで襲われてしまったビリー! どうなる!? ⇒ 次話につづく!
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