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そこまで読むと、詠は天井を見上げた。そうか、自分の作った音楽で、一人の中学生の心を動かせたのか。
そう思うと、感慨深く、目頭が熱くなる。
確かに、さっきの授業で提出した生徒のほとんどは、一、二行で終わっているのに、龍二はびっしり書いてくれていた。
自分に憧れているなんて、俺なんかそんなすごい存在じゃない。好きなバンド……音楽自体守れなかったんだから。
詠はそう自分に言うと、あの解散ライブが過った。解散するまで、何度もミーティングをした。
詠は曲も作っていて、今まで八年間、ずっと同じメンバーでやってきたのに、売れ始めてきたら、各々が自由にやりたいと言い出した。
「詠の曲じゃなくても、別に俺、売れれると思うし」
「俺も、他のバンドにスカウトされてるんだよなあ。あのバンド、俺らより知名度あるし」
「正直詠の曲って、暗いじゃん。俺、もっとポップなのやりたいんだよね」
「俺ももう、彼女と結婚したいし、もっと儲かることしたい。ボカロPとかで一攫千金したいし」
……そうやって口々にメンバーは言った。
詠はバンドのために、付き合っていた彼女とも何度も別れてきた。それに、自分の作る音楽があったから、こうしてみんなでバンドをして、武道館まで辿り着けたのに。
五人の音楽があったから、ここまで来たのに。
詠はまだこの五人でやりたい音楽があった。勿論、全力でやってきた。
だから、こうしてひとりの中学生の心に響いていたということを知ると、詠は救われる思いだった。
何度も、何度も、メンバーにやり直したいと伝えたが、聞く耳持たず。ファンにはケジメを付けたいということで、解散ライブは行った。
でも、詠は正直、まだバンドを諦めていない。またバンドをやりたい。
教師になったのも、他のメンバーへの当てつけのようなものもある。それと、自分と向き合う時間が詠には必要だった。
それから原稿用紙の上に突っ伏した。紙の匂いがする。
詠は、次の授業のことを考えた。また、生徒たちが自分を受け入れてくれなくても、俺は俺なりに授業をする。
後悔をもう、したくない。そう思っていた詠だった。
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