青春を手に入れろ!

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 詠は音楽室に向かった。音楽の授業は選択制で、音楽の単位を取った生徒の授業と、あとは軽音楽部の顧問も引き受けた。  丁度、石飛高校で音楽教諭を募集していたから、ここにしたが、この学校は共学の普通科で、一時限目の今は、音楽の授業はなかった。まず、音楽室に慣れておきたいと思った詠は、音楽室の鍵を開けると、中へ入った。 「うお、めっちゃ懐かしいな」  入って、思い切り音楽室の匂いを嗅ぐ。窓際に置かれた黒光りしているグランドピアノ。長机がずらっと並んでいて、後ろにはショパンやバッハの写真が壁に並び、入り口付近にはドラムセットが置かれている。ギターアンプ、それからベースアンプもひっそり並んでいた。  防音材に囲まれたこの部屋は、他の部屋と違って、音が静かだ。まるで詠の呼吸さえ吸収されていくような、ひんやりした空間。詠は一通り見回ると、グランドピアノの傍の準備室に入る扉を開けた。  目の前にスチールの棚が並び、そこには沢山の楽譜が並んでいた。奥に進むとデスクがある。  そこに座ると、ギシギシと椅子を鳴らしながら、デスクの引き出しを開く。そこには学年ごとに分かれた、音楽の授業を受けている生徒の名簿が並んでいた。 「なんか、マジで俺、先生になったんだな」  その名簿のひとつを取り出すと、しみじみと中を眺めた。  詠も、高校の頃は、音楽の授業を選択していた。勿論、軽音楽部にも所属していたし、小学生に上がるころに始めたピアノ、それから、中学になって始めたギター。このふたつの楽器は常に青春を彩るものだった。  自分が生徒だった頃は、よく音楽の先生のところに行き、いつも、音楽の話や、自分の知らない音楽の歴史を教えてもらうことが楽しかったことを覚えている。  詠はそれを思い出して、感慨深くなった。 「よし、今日の初授業、頑張るか!」  言って、名簿をパン、と閉じると、立ち上がり、窓に向かった。窓を覗くと、音楽室は三階にあり、見えるグラウンドでは、男子生徒が体操服を着て、サッカーをしているのを眩しい光を受け、目を細めながらじっと、見つめた。  
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