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詠は原稿用紙を一枚取ると、そこには端的に「私は音楽が好きです。いつもスマホで通学の時に音楽を聴いています」と、それだけ書いてあった。
他の原稿用紙を見ても、同じような文面で、短文だ。
詠はそれを見て、うーん、と悩む形になる。
(これは、一筋縄ではいかなそうだな)
考え込みながらも、全ての原稿用紙に目を落とすと、龍二の方を向いた。龍二は懸命に、書いては消してを繰り返している。
詠はそれを見て笑みが零れる。龍二だけでもこうやって真摯に向き合ってくれることが嬉しかった。
「ま、なんとかなるか」
小さく言うと、龍二の邪魔にならないよう、原稿用紙を束ねると、また雑誌に目を落とした。
授業開始から四十分が過ぎた頃だった。詠はふわあとあくびをひとつした。すると、カタンと椅子が鳴る音がして、龍二が詠の方へ歩いてきた。
「先生、出来ました!」
言って、原稿用紙を両手で渡す。詠は明るい表情を浮かべ、
「ありがとう。おお、びっちり400文字。やるな」
「あ、ありがとうございます!」
ピシっと背筋を伸ばしたまま龍二は声を張った。詠はそれを見て本当に嬉しかった。純朴そうなこの少年に詠は初めての授業が救われた気がした。
「そうだ。あと少しで授業も終わるし、ちょっと喋ろうか」
詠がそう提案すると、龍二は驚きを隠せず、
「え、い、良いんですか?」
「良いよ。もう自由時間みたいなもんだし」
「は、はい! ぜ、是非! あ、あのUtaさんが……ぼ、僕なんかにお声を……」
狼狽する龍二に詠は、ははっと笑うと、詠は立ちあがって、龍二が座っていた席まで行き、その隣に座った。
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