過ち

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エレベーターという狭い空間の中で、僕は必死にサユさんを後ろに隠していた。 岡崎さんは華絵さんと僕の過ちに気付いていない。岡山支店にいる頃から彼とはろくに話したこともなかったが、今、僕を見ても動揺した様子は一切なかった。 だが、問題は華絵さんだ。 仕事の出来る先輩ではあったが、何かのきっかけで頭に血が昇ると周りが見えなくなるタイプ。そして、自分より若い女性に対して攻撃的になるという欠点があった。 いくら華絵さんでもサユさんに下手なことは言わないだろう。ある意味、サユさんから僕を寝取ったんだから、少なからず負い目は感じているはずだ。 そうは思うが、華絵さんのことだから油断は出来ない。 「小雪さん、だったかしら? 高校時代からの付き合いだって聞いてたけど。」 案の定、華絵さんはわざわざサユさんの顔を覗き込んで声を掛けた。【紗雪】だって知っているくせに【小雪】だなんてわざと間違えたフリをして。 あの夜、華絵さんは言ったんだ。『私を紗雪さんだと思って抱いて。私も加納くんを瑛次郎だと思って抱かれるから』と。 よくも平気でサユさんに話しかけられたものだ。こっちは岡崎さんのそばにいるだけで、猛烈な罪悪感に苛まれているというのに。 エレベーターを降りてマンションの敷地を出ると、岡崎さんは駅の方向へ足を進めた。さっきサユさんに南口の健診センターに行きたいと言ってしまったから、岡崎夫妻と同じ方向に一緒に歩いて行かざるを得ない。 岡崎さんの話に相槌を打ちながらも、後ろを歩く華絵さんがサユさんに何か言うんじゃないかと気が気じゃなかった。 「私ね、加納くんが入社した時の教育係だったの。だから、小雪さんのことは根掘り葉掘り聞いてたし、写真も見せてもらってた。」 ほら、やっぱりだ。 遠距離のサユさんに心配をかけまいとして、教育係の先輩が女性だということは内緒にしていたのに、華絵さんはあっさりバラしてしまった。金曜の夜に一緒に飲みに行っていたことも。 実際は山田と三人だったのに、いつも二人で行っていたように聞こえなくもない。 早く華絵さんから離れたい。その一心で僕は早足になってしまっていた。
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